東ローマ帝国(ひがしローマていこく、395年 - 1453年)は、 東西に分裂したローマ帝国の東方地域を継承し、オスマン帝国によって滅ぼされるまでの1000年以上にわたって存続した帝国。「ビザンティン帝国」「ビザンツ帝国」のほか、「中世ローマ帝国」「ギリシア帝国」とも呼ばれるが、これらの名称はどれも後世の人間による呼称であり、当時の政府や住民は自らの国を単に「ローマ帝国」と称していた。首都はコンスタンティノポリス(現在のトルコ・イスタンブル)。
目次
1 名称
2 概要
3 歴史
3.1 前期:古代ローマ帝国の再興と挫折(395年 - 610年頃)
3.2 中期:キリスト教化されたギリシア人のローマ帝国(610年頃 - 1204年)
3.2.1 滅亡の危機と帝国の変質 (7世紀〜8世紀)
3.2.2 復活から黄金のマケドニア王朝時代へ(9世紀〜11世紀前半)
3.2.3 帝国の衰退と中興(11世紀後半〜12世紀)
3.2.4 世界帝国東ローマの崩壊 (12世紀末〜13世紀初頭)
3.3 後期:東ローマ帝国の衰亡(1204年 - 1453年)
3.3.1 斜陽の老帝国(1204年 - 1453年)
3.3.2 滅亡(1453年)
4 政治
4.1 イデオロギー
4.2 政治体制
4.3 行政制度
4.3.1 属州制からテマ制へ
4.3.2 テマ制の崩壊
4.3.3 プロノイア制
5 住民
6 文化
7 宗教
7.1 正教会
7.2 「皇帝教皇主義」という誤解
7.3 宗教論争
8 法律
9 経済
10 用語の表記方法について
11 脚註
12 関連項目
12.1 帝国史
12.1.1 王朝
12.1.2 軍事
12.1.3 称号
12.2 地域
12.3 都市
12.4 正教会
12.5 文化
12.6 民族
12.7 周辺諸勢力
12.8 その他
13 参考文献