東ドイツの国章
今読みたいのですね
わかります

[Wikipedia|▼Menu]
ドイツ連邦共和国の国章

ドイツの国章(ドイツのこくしょう)は、アドラー)をモチーフにしている。現在のドイツ連邦共和国国章が定められたのは、1950年である。


歴史上のドイツ国章

鷲は大型の鳥類として食物連鎖の頂点に立っていることから、ヨーロッパでは古来より、勇猛果敢さと力、無敵の象徴とされ、多くの権力者に好まれてきた。その意匠は、すでに8世紀半ばのカール大帝の頃から用いられ、13世紀初頭には「金地に黒鷲」の紋章が神聖ローマ帝国皇帝の紋章とされるようになった。1433年、「双頭の鷲」の紋章が神聖ローマ帝国の紋章と定められた。15世紀半ばには、歴代皇帝の紋章に鷲が用いられるようになった。その後、双頭の鷲の紋章は、オーストリアの王家であるハプスブルク家の紋章に引き継がれた。

1848年フランクフルト国民議会は、皇帝のシンボル(宝珠王冠)を除いた「双頭の鷲」を引き続き新しい国章として用いることを決議した。

1867年プロイセン王国の下に北ドイツ連邦が成立した際には、新しい紋章が採用されたが、そこにも鷲が用いられている。そして、1871年ドイツ統一が成ってドイツ国ドイツ帝国)となった際には、プロイセン王国の紋章が国章とされた。プロイセン王国の国旗の中央には、国章である四つの皇帝のシンボルを付けた鷲が描かれている。

鷲のモチーフは、この後、1918年ヴァイマル共和政(ワイマール共和国)となった際にも、また、1933年ナチス・ドイツとなった際にも国章に維持された。ワイマール共和国の国章は、4つの皇帝のシンボルを外した鷲(ワイマール鷲)である。また、1935年にワイマール鷲に替わって採用された国章は、ナチスのシンボルである鉤十字の上に鷲をあしらったものである。

1950年、ドイツ連邦共和国の成立に当たり、ワイマール鷲をモデルとしつつもデザインを簡略化した新しい国章を定め、このときから「連邦鷲」と呼ばれるようになった。

他方、同年に成立したドイツ民主共和国(東ドイツ)でも新しい国章を定めたが、鷲は用いられず、労働者を象徴するハンマーと知識人を意味するディバイダで囲んだデザインとなった。1990年ドイツ再統一によってその役割を終えた。

神聖ローマ皇帝の紋章(これはハプスブルク家のもの

プロイセン王国の紋章

プロイセン王国の国旗

ドイツ連邦の国章

北ドイツ連邦の国章

ドイツ帝国時代の国章

ヴァイマル共和政時代の国章

ナチス・ドイツの国章

ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国章


関連項目

ドイツの国旗

ドイツの国歌

・話・編・歴ヨーロッパ国章

西ヨーロッパアイルランド | アンドラ | イギリス | オランダ | フランス | ベルギー | リヒテンシュタイン | ルクセンブルク

東ヨーロッパアルバニア | ウクライナ | クロアチア | スロベニア | セルビア | ブルガリア | ベラルーシ | ボスニア・ヘルツェゴビナ | マケドニア | モルドバ | モンテネグロ | ルーマニア | ロシア2

中央ヨーロッパオーストリア | スイス | スロバキア | チェコ | ポーランド | ドイツ | ハンガリー

南ヨーロッパイタリア | キプロス1 | ギリシャ2 | サンマリノ | スペイン | バチカン | ポルトガル | マルタ | モナコ

北欧諸国アイスランド | スウェーデン | デンマーク | ノルウェー | フィンランド


登録後3分でアエル!!
最速出会セレブマップ

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:9 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki