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杜如晦(とじょかい。585年 - 630年)は中国唐代の政治家。字は克明、京兆杜陵の人。隋の昌州長史であった杜タク(杜?)の子として生まれる。
史書に親しみ、隋末には吏部に入ったが、間もなく官を辞し故郷へ戻った。李淵が長安を占拠すると、李世民の参謀役であった房玄齢により見出され、幕下に加わった。
玄武門の変の前、讒言により秦王府を追われたが、太宗が即位をすると中央政界に復活し、太子左庶子や兵部尚書という要職を歴任し、尚書右僕射まで上り詰める。左僕射の房玄齢とともに貞観の治を現出させた。
630年に46歳の若さで逝去した。死後司空、莱国公を贈られ、諡を成とした。 カテゴリ: 唐代の人物 | 585年生 | 630年没
更新日時:2008年1月9日(水)23:59
取得日時:2008/10/03 22:07