朴成哲
{{{picture-type}}}
{{{caption}}}
各種表記
チョソングル:???
漢字:朴成哲
平仮名:
(日本語読み仮名){{{hiragana}}}
片仮名:
(現地語読み仮名)パク・ソンチョル
ラテン文字転写:{{{latin}}}
英語表記:
朴成哲(パク・ソンチョル、1913年9月2日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国の政治家で、元国家副主席。日本の植民地時代に日本で明治大学を卒業。朝鮮民主主義人民共和国成立後は1959年10月に外相、1962年10月朝鮮人民軍第五軍団長、中将。1970年代に第二副首相となり、1972年、極秘裏に韓国訪問。1976年4月首相兼朝鮮労働党政治局員就任。1977年国家副主席。1991年8月、祖国統一民主戦線議長。1998年9月から最高人民会議常任委員会名誉副委員長。
かつては北朝鮮の高官として初めて韓国のソウルを訪れるなど積極的な活動で知られたが、金日成主席の死去後は取り立てて政治に関係がある人物というわけでもなくなった。
現在は最高人民会議常任委員会名誉副委員長および朝鮮労働党政治局員という肩書を持つが、高齢のため政務を執り行うことは事実上不可能で、金日成時代を象徴する形式的・名誉職地位におかれているというのが実態。 孫のひとりは、日本人拉致被害者曽我ひとみの娘美花・ブリンダ姉妹の指導員を務めていた。
2003年9月の建国55周年記念閲兵式典で観覧席に登場して以来、動性に関する公式報道が途絶えていたが、2007年7月30日、道、市、郡人民会議代議員選挙で投票したことを朝鮮中央テレビが伝え、94歳となる現在も健在であることが明らかになった。 カテゴリ: 北朝鮮の政治家 | 北朝鮮の軍人 | 1913年生
更新日時:2008年3月13日(木)07:35
取得日時:2008/08/10 00:07