この項目ではワタの種子から取れる繊維の木綿(もめん)について説明しています。
パンヤ科の落葉高木、およびその種子から取れる繊維の木綿(きわた)についてはキワタをご覧ください。
コウゾの皮から取った繊維を紡いだ糸の木綿(ゆう)については木綿 (糸)をご覧ください。
収穫期の綿
木綿・木棉(もめん)は、ワタの種子から取れる繊維。コットン(英語 cotton)。ワタ自体のことを木綿と呼ぶこともあるが、ここでは繊維としての木綿について述べる。
ワタとはアオイ科ワタ属の多年草の総称で、木綿は種子の周りに付いている。繊維としては伸びにくく丈夫であり、吸湿性があって肌触りもよい。このため、現代では下着などによく使われるが、縮みやすいという欠点もある。主成分はセルロース。
単に棉・綿(めん)とも言う。摘み取った状態までのものが綿、種子を取り除いた後の状態のものが棉だが、区別しないことも多い。
ただし、「綿」と書いて「わた」と読むのは、本来は塊状の繊維全般を指す語である。布団や座布団の中身を繊維の種類を問わず「綿(わた)」と呼ぶが、これはその本来の用法である。古くは、中でも真綿(絹の原料)を意味することが多かった。
目次
1 性質
2 材料
3 歴史
4 生産
5 関連項目
6 外部リンク
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綿の種子は硬い?果のなかにあり成熟するにつれ、はじけて綿花が現れる。?果の内部は隔壁によって数室に分かれ、各室に数個の種子があり、それに綿毛が密生している。この綿毛は外皮細胞が変形したもので、綿の種類によって長短に分かれる。
生の綿毛は管の中に水を入れたようなもので、熱するにつれて内部の水分が枯れて中空になり、さらに繰綿すれば、管内の水分はまったく乾燥して綿毛が自然によじれる。綿を顕微鏡で観察した際に見られるよじれはこのようにできる。
綿花は開花後、成熟したさくが開裂し、綿毛に覆われた種子(実綿,seed)が出てくる。綿毛には長く伸びた繊維と短い地毛 (fuzz) がある。繰綿機で実綿から分離された長繊維をリント (lint) または繰綿 (ginned cotton) と呼び、次いで地毛除去機を用いて分離した地毛主体の短繊維をリンター (linter) または繰屑綿と呼ぶ。 リントは紡績し綿糸・紐・綿織物製品や装飾品、または不織布あるいはそのままの形で医療・衛生用品、ぬいぐるみ等の充填物(中綿)として広く使用される。 リンターは繊維が短く紡績原料とはならないが、リンターパルプ、レーヨン、セルロース誘導体調整の原料として重要である。
原産地はインドとアフリカといわれ、紀元前2000年にはインドで既に栽培され、繊維として使われていたことが分かっている。紀元前には既に西アジア、ヨーロッパに伝わっていたが、ヨーロッパではあまり多量には生産されなかった。南アメリカでも紀元前に綿が使用されていた。
中国への伝来は晩唐とも北宋とも言われている。朝鮮半島へは1364年に文益漸が国禁を犯して元から伝えたという記録が残されている。
16世紀以降、交易を通じてインド産などの綿が、主にイギリスにもたらされ、18世紀ごろにはイギリスの羊毛業をおびやかすまでになった。1780年代になると、自動紡績機や蒸気機関が相次いで実用化され、イギリスは綿輸入国から一気に世界最大の輸出国に転換した。この綿産業の発展を主軸にした産業構造の変革は、産業革命ともいわれる。なお、イギリス産の綿の原綿は、主にアメリカで栽培されたものである。
日本へは799年、三河国(愛知県西尾市天竹町と言われるが、日本後紀には、三河国としか書いてない。)に漂着したインド人(自称)によってもたらされ栽培が開始されたが、1年で途切れたという。この後、綿は明や朝鮮からの輸入に頼ることになり、長い間高級品であった。その後、連続して栽培され一般的になるのは、16世紀以降とされる。戦国時代後期からは全国的に綿布の使用が普及し、三河などで綿花の栽培も始まった。
明治以降、政策により綿布の生産が強化されたこともあり、1930年代には輸出量が世界一となった。第二次世界大戦時は輸出は停止したが、戦後復活し、再び世界一になった。ただしその後は安価なアジア産の綿布に押され、生産量は減少している。
世界の綿の生産量は2100万トン(2001年 概略値)。
中国 - 532万トン
アメリカ - 437万トン
パキスタン - 183万トン
インド - 175万トン
関連項目
プランテーション
コットンベルト(ノースカロライナ州からカリフォルニア州までの16州を横断するコットンベルト(または綿花地帯)とよばれる、米国における綿花栽培のほぼ全てが行われるベルト地帯の一つ)
キャラコ
外部リンク
⇒日本綿業振興会
カテゴリ: 衣料 | 繊維
更新日時:2008年8月6日(水)02:17
取得日時:2008/08/17 23:07