木下 富雄
基本情報
国籍 日本
出身地埼玉県北葛飾郡杉戸町
生年月日1951年5月7日(57歳)
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置二塁手、三塁手
プロ入り1973年 1位
初出場1974年
最終出場1987年
経歴
埼玉県立春日部高等学校
駒澤大学
広島東洋カープ (1974 - 1987)
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手
木下 富雄(きのした とみお、1951年5月7日 - )は、埼玉県北葛飾郡杉戸町出身の元プロ野球選手(内野手)。
目次
1 来歴・人物
2 略歴
3 所属球団
4 背番号
5 経歴・タイトル
6 年度別打撃成績
7 現在の出演番組
8 関連項目
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春日部高校から駒澤大学を経て、1974年ドラフト1位で広島東洋カープに入団(背番号:25)
大型内野手として期待されながら、打力の弱さから不動の内野陣には食い込めず、レギュラーとしては定着できなかったが、内野ならどこでも守れる器用さを古葉竹識監督に買われ、いぶし銀のユーティリティプレイヤーとして黄金時代を支え、5度のリーグ優勝、2度の日本一に貢献。1980年には日本シリーズ優秀選手に選ばれた。遊撃・大下剛史、三村敏之、高橋慶彦らと二遊間コンビを組み、打順は繋ぎ役の二番を主に打った。あまりヒットは打たなかったが、柔らかいバットコントロールでバント・ヒットエンドランを確実に決めた。しばし何とかボールに当てようと、よくバットを放り投げていた。また師匠・大下譲りの隠し球の名手としても知られたが、実際に成功したのは2回だけとの事である。(山本功児談、東京スポーツ、2007年8月20日)
1987年限りで現役引退し、引退後は1988年?1993年広島一軍守備走塁コーチ、1994年?1999年中国放送野球解説者、2000年一軍チーフコーチ(ヘッド格)、山本浩二監督の就任に伴い、2001年?2005年二軍監督、2006年?再び中国放送解説者に戻る。
山本浩二、三村敏之らと同様に過去6回のリーグ優勝時全てにユニフォームを着ている数少ない人物である。
現役時代から蓄えている口ひげがトレードマークで、パンチョの愛称で親しまれている。当時の濃いメンバーの中では物腰も柔らかくダンディな人物で、現在ではすっかり白髪、白鬢となった。
かつては、広島のローカル番組・『週刊パパたいむ』にレギュラー出演し人気があった。
2007年6月に長内孝に続き、広島市中区に長男が店長を務める『野球鳥 きのした』という焼き鳥屋をオープン。
略歴
身長・体重 182cm・85kg
血液型 A型
投打 右投げ右打ち
球歴 春日部高 - 駒大 - 広島(1974年?1993年、2000年?2005年)
プロ入り年度・ドラフト順位 1973年・1位(広島東洋カープ)
守備位置 内野手(主に二塁手、三塁手)
所属球団
広島東洋カープ(1974年 - 1987年)
広島東洋カープ・一軍守備走塁コーチ(1988年 - 1993年)
広島東洋カープ・一軍チーフコーチ(2000年)
広島東洋カープ・二軍監督(2001年 - 2005年)
背番号
25 (1974年 - 1987年)
74 (1988年 - 1993年)
75 (2000年 - 2005年)
経歴・タイトル
初出場 1974年4月6日対中日ドラゴンズ(中日球場)
初安打 1974年 詳細不明
初本塁打 1974年 詳細不明
年度チーム背
番
号試合打数得点安打二塁