暴力革命(ぼうりょくかくめい)とは、武力を用いた革命を指す。平和革命の対義語。武力革命・武装革命と同義語。マルクス・レーニン主義の暴力革命では、「通常、権力者は自ら権力を手放そうとしない」とのレーニンのテーゼに基づく。
徳田球一の時代の日本共産党(所感派)は、議会闘争を併用しながらも、基本的には暴力革命の立場であった。しかし、1952年の血のメーデー事件の直後の衆議院議員選挙で、全議席を喪失するなど、国民が暴力革命を望んでいないことは明らかであった。
日本共産党(国際派)は、1955年に開催された第6回全国協議会で、敵の出方論を採択し、暴力革命論を事実上封印。これを不満とする党員が、新左翼結成へと動いた。
レーニンのテーゼにも拘らず、東欧革命は平和革命で推移し、暴力革命になったのはルーマニアだけであった。
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更新日時:2008年6月2日(月)16:49
取得日時:2008/09/22 09:39