映画史
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映画史(えいがし)は、映画がどのような経緯をもって誕生し、世界で発展してきたかという歴史である。映画史を研究する学問も存在し、研究者を映画史家(えいがしか)と呼ぶ。
目次

1 1890年代

2 1900年代

3 1910年代

4 1920年代

5 1930年代

6 1940年代

7 1950年代

8 1960年代

9 1970年代

10 1980年代

11 1990年代

12 2000年代

13 映画史家

14 各国の映画史

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1890年代

映画につながる技術は19世紀後半から、フランスマレーアメリカマイブリッジドイツアンシュッツなど、多くの人々によって研究されてきた。それらの研究は全て、19世紀前半に完成された写真技術を、現実の運動の記録と再現に応用しようとしたものである。


これらの人々の積み重ねを経て、1893年、アメリカのエジソンが自動映像販売機(映写機)キネトスコープを一般公開。さらに、フランスのリュミエール兄弟シネマトグラフ・リュミエールという、現在のカメラや映写機と基本的な機構がほぼ同じ複合機(カメラ+映写機+プリンター)を開発し、1895年3月にパリで開催された科学振興会で公開。同年12月28日パリのグラン・カフェと言う名称のカフェで有料の試写会を開いた。


他にフランス人のオーギュスタン・ルプランスも同時期に映写装置を開発していた。しかし、透明で柔軟性に富むフィルム材料が手に入らず一時、頓挫していた。


エジソンが開発したのは箱を覗き込むと、その中に動画をみることができるというもの。リュミエール兄弟が開発したのは、その仕組みを箱から、スクリーンへと投射するものへと改良し、一度により多くの人が動画を観賞することができるようにしたもの。現在の映画の形態を考慮すると、リュミエール兄弟の最初の映画の公開をもって映画の起源とする方が有力な説となる。


リュミエール兄弟らが公開した世界最初の映画群は、プラットフォーム蒸気機関車がやってくる情景をワンショットで撮したもの(『シオタ駅への列車の到着』)や、自分が経営する工場から仕事を終えた従業員達が出てくる姿を映したもの(『工場の出口』)など、計12作品。いずれも上映時間数分のショートフィルムだった。初めて映画を見る観客は「列車の到着」を見て、画面内で迫ってくる列車を恐れて観客席から飛び退いたという逸話も残っている。これらの映画の多くは単なる情景描写に過ぎなかったが、やがて筋書きを含む演出の作品が作られるようになった。例えば『水をかけられた散水夫』という作品は、散水夫がホースで水を撒いていると別な男がホースの根元を踏んで水が出なくなり、散水夫がホースを覗き込むとその男は足を離して散水夫がずぶぬれになるという筋書きで、数分の動画の中に筋書きと笑いの要素を含んでおり、コメディ映画の発端のひとつとなった。またこの頃は著作権に関する意識が無く、フランス以外でもイギリスなどで同じような「散水夫」の模倣作品が数通り作られている。


なお、最初の作品はリュミエール兄弟が経営していた工場から従業員が出てくるシーンを捉えた『工場の出口』で、リュミエール兄弟は1894年末頃に撮影したとしているが詳細は不明。また、この作品はグラン・カフェで上映された12本のうちの1本とは別なバージョン(『工場の出口』は4つのバージョンがある)。


初期の映画は、画像のみで音声のないサイレント映画と呼ばれるもので、日本では別名「活動写真」とも呼ばれ、映画館は「活動小屋」とも呼ばれた。日本独自の上映手法として、上映中の場面に合わせて解説を行う「活動弁士」と呼ばれる人が活躍していたといわれる。


1900年代

1902年に、世界で初めて物語構成を持ち、複数のシーンで構成された映画『月世界旅行』がフランスで制作される。監督は元来マジシャンで、世界で最初の職業映画作家でもあるジョルジュ・メリエス。この作品は、初のSF映画である。


翌年の1903年にアメリカでも、エドウィン・ポーター監督による物語性のある作品『大列車強盗』が制作・公開される。この作品において、初めてクロスカッティングが用いられた。また、本作品は初の西部劇でもある。


1906年にジェームズ・スチュアート・ブラックトン監督による『愉快な百面相』が制作される。実写ではなく絵画表現を用いた世界初のアニメ映画とされる。


1910年代

メジャーになりつつあった映画制作会社からの制約や支配を嫌い、またニッケルオデオンで消費されるだけのショートフィルムに飽きたらずに新しい表現を求めた若い映画人達が西海岸に移住し、映画都市・ハリウッドが形成され始める。


アメリカの映画監督であるD・W・グリフィスが、『國民の創生(1915年)』『イントレランス(1916年)』『散り行く花(1919年)』等により、クローズアップ等の様々な映画技法(映画文法とも呼ばれる)を発明し、今日的な意味における映画の原型を完成させる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen