日蓮正宗
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日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)は、日蓮を宗祖とし、日興を派祖とする仏教の宗派の1つ。日蓮系の諸宗派のなかでは、日蓮本仏論勝劣派などを教義とする富士門流(日興門流)に属し、「興門八本山」のうち、大石寺(総本山)、下条妙蓮寺(本山)の二本山が所属する、富士門流中の有力宗派である。
目次

1 概要

2 教義

3 歴史

4 現在の宗門の体制

4.1 法主の地位と権限

4.2 宗務行政

4.3 出家制度

4.4 僧侶の階級

4.5 宗門役僧


5 日蓮正宗の信徒団体

6 日蓮正宗の機関誌(教誌)

7 日蓮正宗信徒の活動

8 日蓮正宗に対する教学上の批判

9 現在の日蓮正宗と他教団との紛争

10 日蓮正宗に対する外国政府による評価

11 主要寺院

12 行事

13 関連項目

14 外部リンク

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概要

宗祖の入滅後、六弟子の1人であった日興が総本山大石寺(たいせきじ)を建てて「御開山」すなわち事実上の開祖となり、その教義的方向性を決定づけたが、日興は7ヵ年留まると石川氏の招きにより大石寺を退出、晩年は重須談所(現在の日蓮宗北山本門寺根源・重須本門寺)に移住し、日目に血脈を譲ったのち、晩年は師弟の教育・指導にあたり、ここで没した。

日蓮正宗と正式に名乗るのは明治最初の頃で、それまでは日蓮宗勝劣派の一宗派(大石寺派)、一時は富士門流各山と連合し日蓮宗興門派・日蓮本門宗という富士門流八本山による連合宗派も作っていた。日蓮本門宗時代は管長は八本山からの輪番制となったが、大石寺本末・中末の独立が公許されこれより独立し、1900年(明治33年)に日蓮宗富士派と公称し、1912年(明治45年)に日蓮正宗と改称し現在に至るが、法華経正宗分の意味合いからであろうか少なくとも江戸時代中期には自宗派を正宗と呼ぶことがあったことが、金沢郷土史の文献(「正宗の題目」とある)から分かる。


教義師資伝授の本尊

勝劣派の教義全般については「勝劣派」を参照。

1279年(弘安2年)の10月12日の宗祖日蓮所顕と伝えられる本門戒壇之大御本尊(総本山大石寺奉安堂に安置)を帰命依止の本尊と定め、宗祖の出世の本懐(ほんがい)であり、宗祖所顕の曼荼羅の中でも究境の大曼荼羅として位置づけている。教義の基本は、正しい本尊(本門戒壇之大御本尊)を信じて自行化他に題目を修行しさえするならば、どんな者でも必ず一生のうちに成仏できる、ということである。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki