日本髪(にほんがみ)は、広義では古墳時代から昭和戦前までの日本固有の髪形の事。
狭義の「日本髪」は安土桃山時代後期から幕末までの日本人女性に結われた結髪を指す。本項目では日本の髪型の変遷や男性の風俗を分かりやすく示すため、広義にとり、「日本で過去に存在した髪型」の一覧を示した。
目次
1 変遷
1.1 江戸前期
1.2 江戸中期
1.3 江戸後期
1.4 明治〜昭和戦前
1.5 戦後以降
2 江戸と上方
3 系統別
3.1 垂髪系
3.2 兵庫系
3.3 島田系
3.4 勝山系
3.5 笄髷系
3.6 束髪系
3.7 男性の髪型
4 階層・職業別
4.1 公家・貴族・皇族
4.2 武家
4.3 豪商・商人
4.4 町人
4.5 僧家・社家・儒家
4.6 遊女
4.7 芸者・芸妓
4.8 役者、大道芸人、等
5 関連項目
6 参考文献
7 外部リンク
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男性の髪型は、ひっつめで、後の銀杏髷に近い形が主流。女性の髪型は立兵庫、元禄島田、元禄勝山、等、細長い髪型が主流で、髱も、鴎髱、鶺鴒髱、等、後ろに突き出す形が流行した。
男性の髪型は本多髷が主流。女性の髪型は灯籠鬢という、横に張り出し、透けた感じの鬢が主流になり、髷も島田髷や勝山など横に広くて大きい髷になる一方、髱の方は後ではなく下の方に膨らむようになり、この頃から抜き衣紋が行われるようになった。
男性の髪型は再び銀杏髷が主流で、女性同様に鬢を膨らませた厚鬢になり、町人の場合は袋付という、下に膨らませた髱が主流になった(但し男性は抜き衣紋をしない)。女性の髪型は灯籠鬢の流行が下火になったが、高島田、つぶし島田、結綿、桃割れ、丸髷、先笄、等、ほぼ現行の髪型が、この時期に定着した。髱は、公家、大名家では椎茸髱が主流となり、一般武家、町人は、関東では下に膨らませる、関西では、少しだけ、丸く膨らませるのが主流になった。
洋風化の影響で、男性は殆どが洋髪となったが、女性の場合は洋風の髪型が登場し始めた一方で、折衷ともいえる、束髪、夜会巻き、耳隠し、行方不明髷、等の洋服、和服双方に合う髪型も考案された。
二百三高地髷(にひゃくさんこうちまげ)は、日露戦争後に日本で流行した髪形で、前髪を張り出すとともに頭頂部に束ねた髪を高くまとめていた。当時普及し始めていた洋装にも合う髪型として生み出され、流行した。
ラヂオ巻きなどモダンな名称の洋髪も生み出され、戦時体制に入るまでは和服の場合に限り従来の日本髪(と、白塗りの厚化粧)も依然として結われた。
日本髪文化は歌舞伎、時代劇、花柳界、結婚産業以外では殆ど衰退したが現在では正月等の晴れ着の場合に新日本髪を結う場合が多い。
前髪と鬢は前の方に突き出す。髱は下の方に突き出す。かもじを多く使うので重くなる傾向がある。全体的に大ぶりになる。
上方風
前髪と鬢は前の方に突き出さずに後ろの方に自然に流す。髱は丸く納める。かもじを最小限に使うので軽くなる傾向がある。前から見ると小振りで丸っこい感じなので可憐な感じになる。
※少女:第二次性徴前、妙齢:第二次性徴後の未婚、既婚:18才以上の未婚を含む場合有り
垂髪系
垂髪(平安中期〜室町、公家、武家→現代花嫁)
下げ髪(江戸中期〜後期、大名家既婚)
切り髪(江戸中期〜後期、大名家未亡人)
茶筅髷(江戸前期〜後期、大名家未亡人)
おすべらかし(江戸中期〜現代、皇族、公家→現代花嫁)
兵庫系
立兵庫(江戸前期、遊女)
灯籠鬢横兵庫(江戸中期、遊女)
伊達兵庫(江戸後期、遊女)