日本の首都(にほんのしゅと、にっぽんのしゅと)は、現時点で事実上、東京都である。
また、東京都を中心とした地域を首都圏と呼ぶ。
目次
1 概要
2 多様な首都の認識
2.1 辞典による日本の首都
2.2 天皇・都に注目したもの
2.3 首都機能・武家政権に注目したもの
3 法的根拠
4 皇居の所在地(=首都とする説)の変遷
5 脚注
6 関連項目
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日本で「首都」という語が一般化したのは第二次世界大戦後のことで、1868年(明治元年)以来東京は主に帝都と称され、1950年(昭和25年)の首都建設法以降になって「首都」の語が普及した。
日本では現在に至るまで、法令上「首都」の定義・規定がなされず、東京都を首都と直接定める法令はない[1]。しかし、間接的には、法令上も東京都を首都と扱う(首都圏整備法など)。
事実上、東京都が首都とみなされる理由としては、日本国憲法で「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定される天皇が常在し、皇居が東京都に所在することや、同じく憲法で「国権の最高機関」と規定される国会、首相官邸をはじめとした多くの行政機関、最高裁判所などの政治的中枢が東京都(中でも東京都千代田区)に所在することが挙げられる。また、東京都が日本の経済、文化の中心地となっており、国際的にも東京都が日本の首都とみなされている。
なお、国内的には、中枢的な首都機能が集中する特別区(東京23区)の区域に限定することもあるが、対外的には東京都をもって首都とする例が多い。 統計では多く23区が「東京」「東京特別区」という1都市のように扱われるが、23区を1都市として扱うのは、旧東京市に由来するもので、23区を一体とし自治権をもった行政単位は現在は存在しない。 東京都の英称は "Tokyo Metropolis" あるいは "Tokyo Metropolitan prefecture" である。都知事が "Mayor" として国際会議に出席しており、東京都という1つの自治体で都市の扱いになっており、対外的に23区と多摩地域(や島嶼部)を分離する意味はない。
日本では歴史上天皇による朝廷の他に、国際的には時に「日本国王」とも称された征夷大将軍による幕府のような武家政権が存在したことや、東京と京都の両京制などの面から首都の議論があり、様々な首都論・首都認識がある。
辞典による日本の首都
平安遷都など歴代の遷都をそのまま首都の移動とするもの[2]。
明治2年に東京城(江戸城)が皇城とされ太政官が東京に移されたことと、明治4年府県の順序で東京が第一とされたことで東京が首都の地位を得たとするもの[3]。
天皇・都に注目したもの
京都も東京も帝都だが、本来首都は京都であり、東京は施政の便宜上天皇がいる場所だというもの[4]。
東西の帝都である東京と京都が並立して首都とするもの[5]。
江戸時代の首都は将軍の任命が行なわれた京都であり、幕府があった鎌倉・江戸は首都ではなかったとするもの[6]。
首都移転は皇室の座所の移動(御動座)を伴うものだとするもの(1996年の橋本龍太郎内閣総理大臣の国会答弁[7])。
首都機能・武家政権に注目したもの
平氏政権による福原京の計画が平安京との複都構想だったとし、また鎌倉幕府の置かれた鎌倉が、京都と首都機能を分担した事実上の複都制であるとするもの[8]。
江戸は政府の所在地で首都と意識されていたが、幕末に政治の中心となった京都が首都となり、更にそれが東京に移ったとするもの[9]。
江戸時代に江戸は政治・行政の中心と認識され、首都として機能もし、外国人も江戸を首都と認識していたとするもの。1719年の朝鮮通信使申維翰の『海遊録』によれば、都(首都)は初め大和にあり、その後豊臣秀吉が大坂に、徳川家康が江戸に移したと認識されていたという[10]。