新青年(しんせいねん)は、中国の新文化運動の中心的な役割を担った雑誌であり、1910年代の中国の思想界をリードした存在である。新青年の表紙
1915年9月15日、陳独秀によって上海で創刊された。当初は、「青年雑誌」という誌名であったが、1916年に「新青年」と改題された。その発刊時のスローガンが「デモクラシーとサイエンス」であったというところに、本誌の基本的な立場が端的に表明されている。
本誌は、儒教に対する批判を徹底して行い、西洋の近代思潮を広範に紹介した。また、1917年に胡適が発表した「文学改良趨議」をベースとした白話運動(口語運動)が、本誌で展開された。ともに、旧文化・旧道徳の打破および文学改革として実を結ぶこととなった。
本誌は、袁世凱政権下において刊行されたため、政局につながる問題は扱わないことを建前としていた。が、1919年5月には、マルクス主義の特集を組み、中国発の体系的な紹介を行った。その執筆者は、李大?であった。
1921年になると、陳独秀・李大?と胡適との間で、政治関係の記事を掲載するかどうかで意見の対立が起き、結果的に事実上の解散という結末を迎えてしまった。 カテゴリ: 中国の雑誌 | 20世紀の中国史 | 中国社会主義
更新日時:2008年6月28日(土)00:39
取得日時:2008/07/21 23:59