攻撃ヘリコプター
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アメリカ陸軍のAH-64 アパッチ

攻撃ヘリコプター(こうげきヘリコプター:Attack Helicopter)とは、武器を搭載し対地攻撃を主任務とする軍用のヘリコプターである。対戦車ヘリコプター、戦闘ヘリコプターなどと呼ばれることもある。
目次

1 概要

2 歴史

2.1 武装ヘリの芽生え

2.2 ガンシップの登場

2.3 AAFSSの始動

2.4 多様・多彩化


3 主な攻撃ヘリコプター

4 偵察・軽攻撃ヘリコプター

5 脚注

6 参考文献

7 関連項目

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概要ユーロコプター社のEC665 ティーガー

攻撃ヘリコプターとは、主に機関砲ロケット弾対戦車ミサイルなどの対地攻撃兵器を装備する機体を指す軍用ヘリコプターの一種。自衛用対空装備として短距離空対空ミサイルを搭載する機種も存在する。輸送用ヘリに武装を施したガンシップから、その当初から戦闘用として開発されたものまで幅広い。なお、その当初から攻撃能力を有するヘリコプターを攻撃ヘリコプターと呼び、輸送用ヘリに武装を施すなど、後に改良によって攻撃能力を取得したヘリは武装ヘリコプターと呼ばれる。

しかしながら攻撃ヘリコプターには、戦場において携行式地対空ミサイルによる攻撃によって撃墜されるリスクが大であり、遍在性に欠け、常にある特定の地域を確保するといった任務には不向きであるなど、脆弱性も存在する。天候にもある程度その活動は左右されることになる。また、本格的な対空陣地相手には、やはり「力負け」する。


歴史


武装ヘリの芽生えロケットランチャーを搭載したUH-34(S-58)

第二次世界大戦末期に実用化されたヘリコプターはその後急速に進歩し、朝鮮戦争の頃には航空戦力として欠かせない存在と認知されていた。しかし、当時のヘリコプターの能力はまだまだ低劣で、着弾計測を始めとする目視偵察や連絡任務、撃墜された航空機搭乗員の捜索、負傷兵の搬送などが主な任務であった。アメリカ海兵隊の史上初のヘリボーン作戦が行われ、注目を集めたのもこの頃であるが、やはりヘリが戦闘に直接参加する事態は避けられた。

1950年代後半に入り、シコルスキー社のUH-34やパイアセッキ社[1]のCH-21などの新型ヘリが登場し、その能力は大幅に向上した。だが、アメリカ陸軍内部ではヘリコプターはあくまでの補助的な機種に過ぎないとする見解が依然有力であった。これに対し、アラバマ州フォート・ラッカーの陸軍航空学校では、ヘリコプターに兵装を施し、地上部隊に火力支援を行うという構想が芽生えていた。1956年、陸軍航空学校長のカール・ハットン准将は、同校の戦闘開発部長を務めていたジェイ・バンダープール大佐に対し、武装ヘリコプターに関する研究を進めるように指示した。これは陸軍上層部の許可を得ていたわけでないため、人員や機材は航空学校内の予算等でやり繰りが行われた。

航空学校ではベル・エアクラフト社H-13に7.62mm機関砲を搭載した武装ヘリコプターを手はじめに、H-19、CH-21、UH-34に7.62mm、12.7mm機関銃、20mm機関砲、2.75inロケット弾を搭載して試験が繰り返された。この試験の存在はほどなく陸軍上層部の知るところとなり、1957年には武装ヘリコプター関連を専門に行う航空戦闘偵察小隊(ACRP)の編成が、航空学校内に認めている。この小隊は翌年3月には中隊規模に拡張され、名称を第7292臨時航空戦闘偵察中隊と改称された。

しかし、当時のヘリコプターはレプシロ・エンジンを搭載したものが主流であり、振動や飛行性能、搭載能力などの点で問題も多く、テストは決して順調とは言えなかった。だが、1960年代に入り、武装ヘリコプターに関するコンセプトは一応、完成の域に達した。


ガンシップの登場武装が施されたアメリカ陸軍のUH-1

ベトナム戦争においてはアメリカ陸軍は、ヘリボーン作戦を多用した。初のヘリボーン作戦は1961年12月23日のことであり、サイゴン北方のタンソンニュット基地所属のアメリカ陸軍第8、第57輸送中隊が、CH-21を用いて南ベトナム陸軍空挺部隊をサイゴン西方約16kmの解放戦線拠点に展開させた。以降、アメリカ軍はヘリコプターによる輸送作戦の重要性を認識し、翌1962年には更にヘリ三個中隊をベトナムに派遣した。アメリカ海兵隊も同年にヘリ部隊を送り込んでいる。この大規模なヘリ本作戦に、当初解放戦線側は激しい反撃を行う事はなかったが、それでも着陸進入時等に小火器による反撃を行った。これに対し、アメリカ陸軍はCH-21の前部ドアに7.62mm機銃を搭載し、着陸時の制圧射撃を行うようになったが、機銃の射角やヘリ自体の機動性の低さから効果は上がらなかった。

ヘリボーン作戦にエスコートヘリの必要性を迫られたアメリカ陸軍は、1962年春から当時最新鋭輸送ヘリコプターであったUH-1イロコイ(採用当初はHU-1)汎用ヘリコプターの武装型(ガンシップ型)の研究を開始した。同年7月25日から沖縄で、15機のUH-1を有するUTTHCO(汎用戦術輸送ヘリコプター中隊)が編成され、10月9日にはベトナムへと派遣された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki