捕虜
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捕虜(ほりょ, Prisoner of war, POW)とは一般的に、戦争に関連して交戦相手国によって捕縛され管理下におかれた軍人又は軍属であることの証明書を持つ交戦者資格を有する者である。ハーグ陸戦条約(陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約)では、俘虜(ふりょ)という訳語を用いている。ただし近代以前では、戦争で民間人を捕らえた場合でも捕虜と呼ばれた。
目次

1 近代国際法確立前

1.1 イスラーム

1.2 南北戦争


2 捕虜の保護

3 捕虜の虐待

4 捕虜に関する条約

5 日本

5.1 敵に投降すること

5.2 日露戦争

5.3 第一次世界大戦

5.4 第二次世界大戦

5.5 第二次世界大戦後


6 脚注

7 映画

8 文献

9 関連項目

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近代国際法確立前

近代国際法が確立する前まで、かつては捕虜は捕らえた国が自由に処分しうるものであった。

捕虜は、それを勢力下に入れた勢力によって随意に扱いを受け、奴隷にされたり殺されたりした。中世ヨーロッパでは相手国や領主に対し捕虜と引き換えに身代金を要求する事がよく行われた。ただし李陵前漢の将軍)など敵方から名誉ある扱いを受ける例もあった。これは奴隷でも学のある者が重用されることがあったのと同様の現象と言える。


イスラーム

イスラーム法において、戦争で捕虜となった敵の戦闘員は殺害か奴隷化、身代金や味方の捕虜と引き換えの解放、恩赦の4つの選択肢があり、ムハンマド自身もこれらの手段を適宜用いた。ただし後代になって法学派によって捕虜の取り扱いに関して、上記4つのうちのいくつかを否定する意見が出された。

たとえばシャーフィイー学派の法学者のマーワルディーが自著において述べるところ[1]によれば、当学派の祖シャーフィイーの説では、イマームまたはその代理としてジハードの指揮を任された人物は、異教徒の捕虜の処遇として、1)殺害、2)奴隷化、3)身代金の支払いもしくはムスリムの捕虜との交換による釈放、4)身代金無しで釈放の恩恵を与えるか、4つの選択肢を任意で行える、としている。もしこの時イスラームに改宗した場合、死罪は課せられず、他の3つの選択肢から選ばれる。

マーリク学派の祖マーリク・イブン・アナスの説では、同じく捕虜の処遇として、1)殺害、2)奴隷化、3)身代金では無くムスリムの捕虜との交換、の3つの内から選ばねばならず、恩赦は認められない、としている。

ハナフィー学派の祖アブー・ハニーファの説では、殺害するか奴隷にするか2つに1つのみである、といい恩赦も身代金との交換も認められない、としている。

マーワルディーは自著において「しかしながら」としてコーラン(クルアーン)の恩赦と身代金について、「それから後は、情けを掛けて釈放してやるなり、身代金を取るなりして、戦いがその荷物をしっかり下ろしてしまうまで待つが良い」(第47章 5 [4]節)という記述を引用し、ハディース (ムハンマドの言行録) をいくつか引用してマーリクとアブー・ハニーファの論を否んでいる。

また女性の捕虜に対しては、イスラーム戦士への戦利品として分配され、強姦されることが存在した。ブハーリーのハディース集「真正集」には、ムハンマド在世中のヤマン遠征において、アリー・イブン・アビー=ターリブが別の教友であるブライダ・イブン・アル=フサイブが(強姦の)権利を持っていた女性捕虜を横取りして強姦したため、争いになったことが伝えられている[2]

男性の非戦闘員の捕虜に関しても、健康な成人男子であるならば戦闘員の捕虜とみなして司令官の一存で処刑することができる。2004年にイラクで日本人の旅行者の青年がイスラーム武装組織の人質になって、後に処刑された際、日本のイスラーム専門家である中田考はこの規定をあげながら、イスラーム戦争法上問題ないと述べた[3]


南北戦争

南北戦争の初期においては相互の捕虜交換が完了するまで武器をとらぬ旨の宣誓を行えば捕虜は仮釈放され、書類上の捕虜交換後に再び軍務に復帰できた。しかし後に南軍における北軍側の黒人兵の惨殺事件の後、北軍は黒人捕虜の扱いを白人のそれと同等とするよう要求し、南軍と政府がそれを拒否したため捕虜交換制度は終焉を迎え、双方で捕虜収容所の建設が始まった。


捕虜の保護

近代国際法が確立されるにつれ、捕虜は保護されるべきものであると考えられるようになった。そのため、1899年の陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約(ハーグ陸戦条約)以降、各種条約によって明文を以て保護されるようようになった。

1949年8月12日のジュネーヴ諸条約(4つある)及び1977年の第一追加議定書によって、戦時における軍隊の傷病者、捕虜、民間人、外国人の身分、取扱いなどが定められている。この第三条約により、ハーグ陸戦条約の捕虜規定で保護される当事国の正規の軍隊構成員とその一部をなす民兵隊・義勇隊に加え、当該国の「その他の」民兵隊、義勇隊(組織的抵抗運動を含む)の構成員で、一定の条件(a,指揮者の存在、b,特殊標章の装着、c,公然たる武器の携行、d,戦争の法規の遵守)を満たすものにも捕虜資格を認めた。

1977年の第一追加議定書ではさらに民族解放戦争等のゲリラ戦を考慮し資格の拡大をはかった。旧来の正規兵、不正規兵(条件付捕虜資格者)の区別を排除し、責任ある指揮者の下にある「すべての組織された軍隊、集団および団体」を一律に紛争当事国の軍隊とし、かつこの構成員として敵対行為に参加する者で、その者が敵の権力内に陥ったときは捕虜となることを新たに定めたのである。

なおテロリスト等は国際法上交戦者とはされず、捕虜にはなり得ない。最近では正規軍とテロリスト等が交戦する非対称戦争が注目されている。むやみに捕縛者を犯罪者扱いすれば国内外からの非難を浴びかねないこともあり人道的見地から捕虜に準じた扱いをとるケースが増えている。


交戦者資格を持たない文民は第4条約で保護されているが、戦闘行為を行い捕縛・拘束された場合は、捕虜ではなく通常の刑法犯として扱われるのが原則である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki