拷問
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拷問(ごうもん)とは被害者の自由を奪った上で肉体的・精神的に痛めつけることにより、加害者の要求に従うように強要する事。特に被害者の持つ情報を自白させる目的で行われることが多い。
目次

1 概要

2 歴史

3 拷問と魔女狩り

4 拷問方法の例

5 国際法での拷問

6 日本での経緯

7 アメリカ

8 主要な拷問事件

9 関連項目

10 参考文献

11 外部リンク

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概要

拷問によって得られた情報は重要であると考えられ、洋の東西を問わず古来から広く行われた。拷問は尋問と組み合わせて用いられることが多く、対象者から情報を引き出すために肉体的・精神的な苦痛によって追いつめていき、自白させる。多くはいくつかの原則に則って行われるものであり、自白と引き替えにすぐに苦痛を和らげることで対象者に機会を与え、自白への誘惑をより一層強める。ただし、現在の日本においては、公務員による拷問は絶対にこれを禁じ、かつ、拷問によって得られた自白は証拠として使えないと条文に明記されている(日本国憲法38条2項、刑事訴訟法第319条第1項)。

混同しないように注意しなければならないのは、拷問はあくまでも刑事訴訟法に基づく取調べであって、刑法に基づく刑事罰ではないことである。そのため、ギロチンなどの処刑や刑事罰としての鞭打ちなどは拷問ではない。現代でも法定刑罰として鞭打ちなどを行っている国はあるが、これは刑罰であって拷問ではない点に注意が必要である。

また、拷問は相手が何らかの要求を聞くように強要するためにも行われてきた。代表的なものとしては相手の信仰を改宗させるために行う場合がある。日本でもキリシタン弾圧に際して行われてきた歴史がある。共産主義国では反革命思想を矯正するために拷問が用いられた事も多い。戦争においては相手が持つ情報を聞き出すために行われてきた。

2008年にアメリカで「ウォーターボーディング」が拷問に当たるかどうか議論となり、水責め尋問禁止法案が出されるなど議論を呼んでいる。現代においても、尋問で簡単に自白が得られる保証は無く、法律違反ぎりぎりの尋問(睡眠の妨害など)が行われることがある。


歴史ニュルンベルクで使われたさらし台鉄の処女などの道具1700年ごろのカトリック教会スペイン異端審問

現在では国際的に絶対の禁忌として厳しく禁止されているが、完全禁止が法制度化されたのは19世紀になってからであり、それ以前には合法的に行われていた。 法制度が整っていなかった古代には取り調べを行う役人の気分しだいで行われていたが、中世になって法制度が整い始めると、現代で言うところの刑事訴訟法の一部として拷問に関する法律が出来た。ヨーロッパで法定拷問が制定されたのはザクセンシュピーゲル・ラント法が最初だとする説がある。この時の法定拷問は「長さ2ダウメネスの1本の生の樫の枝をもって32回打つ」と規定されていた。

1532年にドイツ初の統一的な刑事法であるカロリナ法が制定されると、法定拷問として「さらし台」が規定された。法定拷問を行うことが出来る容疑者とは「謀殺、故殺、嬰児殺し、毒殺横領放火反逆窃盗魔術」の九罪と規定され、しかも、どのような場合に拷問が行える九罪の容疑に該当するのか条文に細かく定められて、違反した裁判官と役人には拷問を受けた人が蒙った恥辱、苦痛、経費および損害に対する補償をする責任があることを明記するなど容疑者への配慮や公務員の責任など近代法としての体裁を整えていた。

当時の皇帝カール五世は拷問について以下のように語ったと伝えられており、当時は刑事事件の解決手段として拷問を行うことは正当であるとの認識が有ったと考えられる。「拷問、および、真実の確定に役立つすべての調査あるによりて、原告人によりて収牢せらるる者どもに関し明瞭にのちに記述せられ規定せられいるごとくに、行為者の自白に基づく有責判決もまた許されるべし」

そもそも、刑事訴訟法において拷問が必要とされた背景には古代の裁判は証拠や自白に拠らない、「神明裁判」という不合理な物によって判決を下していた。 そのため、容疑者の自白を得る必要そのものが無かったため、自白を強要する拷問という制度も必要とされなかった。しかし、中世になって理論的な法体系に基づく自白と証拠による判決という近代的な法が制度化されると、自白を得ることが重要になり、自白を得るための取調べの手段として拷問が使われるようになった。 拷問が司法手続きの一部として法整備が行われると、拷問官(Tormentor)と呼ばれる拷問を専門に行う公務員も誕生した。 処刑人拷問官はまったく別の職業であり、処刑人が拷問を行うことはなかった。

近代になると拷問によって得られた自白の証拠能力が疑問視されるようになってきた。 1757年にルイ15世暗殺未遂の罪によってロベール=フランソワ・ダミアンが死刑執行前に拷問にかけられて共犯者の名前を自白させられたが、実際には単独犯であり、共犯者など存在しなかったにもかかわらず、拷問にかけられたダミアンは苦し紛れに適当な名前を自白した。 この、虚偽の自白に対してフランスの高等法院は逮捕状を発給して自白した名前の人物を逮捕して、国王暗殺未遂の重罪人として厳しく取調べをした。ダミアンは拷問が終わった後に処刑されているため、再度問い直すことも出来ず、無実の人間が拷問にかけられることになった。 この事件が問題視されフランスでは1788年に拷問が全面禁止となった。

これは拷問を行う人間が望むことを自白するように強要する結果になってしまい、真実が明らかにならず、かえって裁判の証拠を阻害するようになって本当の犯人を逃がしてしまい、無実の人間が拷問にかけられるようになったためである。この点に関しては現代の取調べにおいても根本的に解決はしていない。


拷問と魔女狩り

魔女狩りでは魔女に対して悪魔との契約について自白を迫るための拷問が行われた(後世の創作もある)。 なお「針を刺して痛みを感じなかったら魔女」とか「水に沈めて浮かんできたら魔女」等の神明裁判が拷問と混同されるが、自白を強要しない点で異なる。


拷問方法の例

拷問は身体に後遺症や傷跡の残るのも辞さないものと、それらを残さないように行うものに分かれる。

暴行-むち打ち水責め、スペインの蜘蛛、猫鞭、鉄の処女、ユダのゆりかご、火頂、石抱き、皮鞭、ラック、猫の爪、リッサの鉄棺、ガロット、貞操帯、など


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki