拓跋猗盧(たくばつ いろ、? - 316年、在位:315年 - 316年)は、鮮卑拓跋部出身、開祖の拓跋力微の甥。中国五胡十六国時代の一国・代の実質的な始祖である。
307年、従兄(叔父とも)・拓跋禄官の跡を継ぎ、拓跋部を率いる。
西晋の末期、西晋の并州刺史劉?と兄弟の契りを結び、匈奴の劉淵に対抗。その功績により310年劉?の推挙を受け、西晋の朝廷より代公・大単于に封じられる。
西晋に協力して匈奴と戦いつつ勢力を拡大、中国式の都城を築き、漢族官僚を登用して支配体制の確立を図る。
315年、西晋から代王に封じられる。百官を置き、刑法を定めるなど国家としての体制を整えつつあったが、部族内の反発を買い、内乱に発展。子の拓跋六脩によって殺害された。彼の兄弟の子孫によって北魏が成立すると、穆帝と追諡された。
先代:
(拓跋禄官)代の王
初代:315年 - 316年次代:
拓跋普根
カテゴリ: 五胡十六国の君主 | 北朝の皇帝 | 拓跋氏 | 316年没
更新日時:2008年8月27日(水)17:44
取得日時:2008/10/09 21:30