投手
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投球する右投げの投手野球のポジション図

投手(とうしゅ)とは、野球ソフトボールにおいて打者にボールを投げる役割の選手である。英語からピッチャー(pitcher) とも呼ぶ。

野球における守備番号は1。また、英略字はP(Pitcherから)。クリケットの投手はボウラー(bowler) と呼ぶ。

投球の速度(球速)を表示する単位として一般に日本ではキロメートル毎時(km/h) 、アメリカではマイル毎時(mph) が使われる。
目次

1 投手の役割

1.1 日本の野球の歴史における役割の変化


2 右腕・左腕

3 投球フォーム

4 投手の記録

5 優秀投手

6 投手の敬称

7 投手と背番号

8 関連項目

9 参考資料

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投手の役割

投手の役割は単にボールを投げるだけではなく「打者に安打を打たせないこと、走者を生還させないこと」であるとも言える。投手は打者から三振を奪ったりゴロフライを打たせるなどしてアウトを取る。そのために捕手とサインを通じて連携して個々の打者が苦手とするコースにボールを投げたり、苦手とする球種を投げるなどする。さらに、塁上の走者に盗塁されない、または、進塁されにくくするために、その塁をカバーする選手に牽制球を投げることもある。

投手は、試合において登場する時期により大きく3つに分かれる。試合開始からマウンドに立つ先発投手(スターター)、試合展開によって途中イニングから先発投手に代わり登板する中継ぎ投手(セットアッパー)、試合を決める終盤イニングに登板する抑え投手(ストッパー,クローザー)の3種類である。先発投手に対し、試合途中から登板する投手を救援投手(リリーフ)とも総称する。筆頭格の先発投手を俗に「エース」(時に筆頭格の中継ぎを中継ぎエースと呼ぶ)、同じく筆頭格の抑え投手を俗に「守護神」と呼ぶ。またブルペンでは良い投球をするが、実戦では力が発揮できずに失点を重ねる投手を揶揄し「ブルペンエース」と呼ぶ。

投手は、全ポジションの中で試合の勝敗に及ぼす影響が最も大きく、また、肉体的・精神的負担が最も厳しいポジションである。スタミナの消耗は激しく、あまりに数多くの球を投げると肩・肘を故障(負傷)する危険性がある。ボークの適用や全選手中唯一の白いグラブの着用禁止など、もっとも多くの規則に縛られるポジションであり、暴投といった投手のみに課せられうるミス、チームの守りの要としての責任なども挙げられる。しかし、その反面、打者と一対一で対戦できる事や、打ち取ることの楽しさ、最多勝利など、投手のみが得られるタイトルや表彰もある。日本では、投手は、野球の主役であり、もっとも華のあるポジションであるとされる。自分が中心だというわがままな性格もピッチャーには必要だと言われる(一方、北中米においては遊撃手が花形のポジションとされ、運動能力に優れた選手は優先的に遊撃手となり、日本における「エースで四番」が「ショートで四番(あるいは三番)」に置き換わる)。

プロ野球では守備の中心を担う替わりに、打撃に関しては多くは求められず、実際に投手専門の選手にバッティングが得意な者は少ない。そのため投手は作戦上安打を打てないのを前提として、走者がいる時にバントすることが多い。また「2死」や「大差でリード」、「凡退でチャンスが潰れる」場面で打席が回った際にわざと本塁から最も離れて立って三振し、「投球に負担を掛けない」「自軍の攻撃を上位打線から始めさせる」、「次打者以降に安打を期待」という「先を見越した作戦」を取る事もよくある(ただしこれには「わざと三振するのはスポーツマンシップ上問題」とする意見もある)。 リーグによっては打撃を務める指名打者という打撃専門の選手を置くルールを採用することもあり、そのルールの下では投手が打撃を行わない場合がほとんどである。少年野球などでは、運動能力に優れている選手が、投手と打者の両方の実力で他の選手を上回り、「エースで四番」という選手もいることがある。高校野球でも、投手が上位打線に組み込まれていることが多い。

野手の場合は右投げ・左打ちも比較的多いが、投手の場合は利き腕と同じ側の打席に入るのが通常である。理由は右投げ・左打ちの場合、打席に立った時に利き腕(肩)である右側を相手投手に向けることになってしまい、死球を受けるなどして負傷すると投手としての投球ができなくなるからである。そこで利き腕と打席が一致しない投手は肘当てや脛当てを身に付け、打撃の際に負傷する危険を避けている例が多い。


日本の野球の歴史における役割の変化

プロ野球草創期では、野球の人体に与える影響が全くの模索段階にあったことと、不人気による人員不足のため、戦前から戦後の混乱期までしばしば無謀な先発連投が強要された。更に戦時中は、国威発揚の為の非科学的な精神論の横行も先発投手酷使の大きな原因となった。セントラル・リーグパシフィック・リーグの2リーグ制に移行後、人員不足はある程度解消され、先発投手の登板間隔を2日、3日と長めにとるようになり、間隔日数を表す「中○日」(中2日、中3日など)という言葉が使われるようになった。それでもエースピッチャーが先発・リリーフに連投する姿が見られ、1958年日本シリーズでは稲尾和久西鉄)が先発とリリーフで4連投4連勝する大活躍で「神様仏様稲尾様」と称えられた。1961年中日ドラゴンズに入団し、酷使により数年で投手生命を絶った権藤博の教訓から、「投手分業制」が近藤貞雄によって提唱され、「先発完投」から「先発−抑え」の投手起用へ移行。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mango