憲史(川口 憲史)
東北楽天ゴールデンイーグルス No.61
基本情報
国籍 日本
出身地福岡県八女市
生年月日1976年6月28日(32歳)
身長
体重176cm
90kg
選手情報
投球・打席右投左打
守備位置外野手、一塁手
プロ入り1994年 ドラフト4位
初出場1996年9月10日
経歴
柳川高等学校
近鉄バファローズ(1995 - 2004)
東北楽天ゴールデンイーグルス(2005 - )
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手
憲史(けんし、本名:川口 憲史(かわぐち けんし)、1976年6月28日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次
1 来歴
1.1 アマチュア時代
1.2 近鉄時代
1.3 楽天時代
2 年度別成績
3 初記録
4 エピソード
5 登場曲
6 脚注
7 関連項目
//
小学4年のころ地元チームに入り野球を始める。中学までポジションは捕手。中学3年時に右打者から左打者に転身。また同年に九州硬式少年野球連盟(フレッシュリーグ)大会で優勝する。
柳川高校に進学し、1年から内野のレギュラーをつかむ。3年夏の県大会は4回戦敗退となったが、通算打率.430、48本塁打の強打者として知られた。
近鉄時代
1994年
ドラフト4位で柳川高校から近鉄バファローズに内野手として入団。
1997年
外野手へ転向。
1999年
大村直之(現・ソフトバンク)の不振や鈴木貴久(故人)・村上嵩幸らの衰えもあり、外野の準レギュラーとして一軍に定着。また、8月20日の千葉ロッテ戦(千葉マリン)で小林雅英からプロ初本塁打を記録した。
2000年
前年に続く大村の不振や、礒部公一の捕手再転向の影響もあって出場機会が大幅に増加。しかしレギュラー完全奪取には至らず。
2001年
外野がシーズン通して右翼・礒部、中堅・大村、左翼・ローズ(現・オリックス)で固定されたため、主に7番指名打者として出場。わずかながら規定打席に及ばなかったが、打率.316、21本塁打、72打点の自己最高成績を残し、リーグ優勝に貢献。しかし、2001年をピークに年々成績が低下する。
2002年
日本ハムからナイジェル・ウィルソンが加入し出場機会の減少が危惧されたが、最終的には前年に続いて安定した成績を残した。また、前年に礒部の外野専任が決定したことや、元々外野守備がそれほど上手ではなかったこともあり、この頃から一塁の守備練習をすることが増えた。
2003年
開幕スタメンを勝ち取り、4月は好調を維持していたが、5月に肉離れで戦線離脱。結局これが響いたせいか、平凡な成績で終わってしまった。また、不動の4番だった中村紀洋(現・中日)が半月板を痛めたため、彼がスタメンを外れたときは、ローズが4番に座り、川口が3番に座ることがあった。
2004年
ローズが巨人へ移籍したため、首脳陣からの期待は膨らんだが、極度の打撃不振に陥り、成績が低迷。シーズン終了後、チーム合併のため、分配ドラフトで楽天に移籍。
楽天時代
2005年
開幕戦、3番ファーストでスタメン出場。楽天イーグルス史上初となる打点を上げる。4月は打率.280だったが、5月は打率.148の絶不調で6月半ばに登録抹消。一軍復帰した8月31日の日本ハム戦で奮起、2安打3打点の活躍をみせ楽天移籍後初のお立ち台にのぼる。その後閉幕まで打率好調を維持した。しかし、出場数67試合、本塁打は0と不本意なシーズンとなった。シーズン後フェニックスリーグに参加。
2006年
登録名を"憲史"に変更。
2007年