感状(かんじょう)は、主として軍事面において特別な功労を果たした下位の者にに対して、上位の者がそれを評価・賞賛するために発給した文書のこと。
目次
1 中世・近世
2 近代
3 関連項目
4 外部リンク
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武士が自己の家臣の忠義を賞賛することを「御感(ぎょかん)」と呼び、これを書状化したことから、感状と呼ばれていたと考えられている。
古くは鎌倉時代から見られ、武将に対し主君や高位の官職にある者がその武勲を称え下賜した。今日の表彰である。感状は主君や高位者の直筆・花押によって書かれていた。室町幕府将軍による感状は御教書形式であり、公文書としての価値も有していた。感状は武人としての力量の裏付けと見なされたため、武士の地位や所属の変動が頻繁であった戦国時代では重視され、特に再仕官の際に重要なものであった。
近代では軍隊で司令官が隷下部隊や将兵に対し贈る栄誉の一つで、賞状の形で送られ、顕著な戦功を挙げた者が対象となる。政府として勲章の贈呈も行われるが、感状は司令官の判断で授与できる為勲章に比べ多く発行された。法的根拠としては明治37年(1904年)に制定された軍令の「陸海軍感状授与規程」に基づき行われる(制定前にも感状授与の例はある)。授与権者は師団長以上の高級指揮官で抜群の戦功が条件となるが、敵司令官を生け捕った場合や敵の軍旗を奪取した時も対象となった。部隊に贈られる場合と個人に贈られる場合があり、後者を特に「個人感状」と称した。
昭和12年12月、中国空軍と交戦し戦功を挙げた支那方面艦隊所属の南郷茂章大尉(後に少佐)には艦隊司令官より次の感状が贈られた。
昭和十二年十二月二日支那空軍カ其ノ頽勢挽回ノ期待ヲ懸ケシ新鋭輸入機ヲ以テ積極的行動ニ出テントセシ際攻撃機隊ヲ掩護其ノ根拠南京ヲ空襲シ反撃シ来リタル敵機三十数機ト交戦六機ノ寡勢ヲ以テ其ノ十三機ヲ撃墜シ敵ノ気勢ヲ挫キタルハ爾後ノ作戦ニ寄与スルコト極メテ大ニシテ其武勲顕著ナリ仍テ茲ニ感状ヲ授与ス
なお、感状を受けた者はその事実を部下に公表するものとされ、また軍部大臣は授与権者より感状授与の報告を受けた場合には速やかにその事実及び経緯を天皇に対して上奏するとともに、全軍に対しても布告することとされていた。
関連項目
顕彰
表彰
陸軍武功章
金鵄勲章
善行証書
加藤隼戦闘隊(飛行第64戦隊)*帝国陸軍最多の「7枚」の感状を授与され、同名の部隊歌でも歌われている。
外部リンク
⇒戦車第2師団が山下奉文第14方面軍司令官より授与された感状の全文
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更新日時:2008年3月4日(火)11:33
取得日時:2008/07/20 13:54