愛敬 尚史
東北楽天ゴールデンイーグルス No.22
基本情報
国籍 日本
出身地大阪府高槻市
生年月日1976年12月4日(31歳)
身長
体重175cm
77kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置投手
プロ入り2000年 2位
初出場2001年3月27日
年俸1600万円(推定)
経歴
金光第一高校
帝京大学
松下電器
大阪近鉄バファローズ (2001 - 2004)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2005 - )
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愛敬 尚史(あいきょう ひさし、1976年12月4日 - )は、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手。
目次
1 来歴
1.1 プロ入り後
2 エピソード
3 通算成績
4 関連項目
5 脚注
6 外部リンク
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小学4年から野球を始める。中学時代はエースとして活躍し大阪府でベスト8に入る。金光第一高校(現・金光大阪高校)時代は無名選手で、チームとしても府大会4回戦が最高の記録。このころサイドスローに転向する。
帝京大学時代は現千葉ロッテの里崎智也とバッテリーを組み首都大学リーグ優勝を経験。大学4年時には日本代表として世界選手権に出場。
1999年、松下電器に入社。同期入社には千葉ロッテの久保康友、オリックスの大久保勝信がいる。同年の都市対抗野球で若獅子賞を受賞。
2001年、ドラフト2位で大阪近鉄バファローズに入団。1年目から30試合に登板して防御率1.67の好成績を残し、チームの優勝に大きく貢献した。
梨田昌孝監督に右のワンポイントリリーフとして重宝され、2003年まで一軍戦力として活躍した。近鉄時代はショートリリーフ専門で、登板試合数がイニング数より多かったほどである。
2005年、近鉄の球団消滅とともに楽天へ移籍。しかし左打者に極端に打ち込まれ、防御率7点台と戦力にならなかった。
2006年、ロングリリーフで意外な成功を収め、先発に転向。一時は後述のように「不敗神話」と度々メディアで取り上げられるも初黒星を喫してからは4連敗と低迷し、再び中継ぎに降格。8月頃には二軍落ちし再昇格はならなかった。
2007年、一軍登板なし。二軍に15試合登板し、防御率6.10。自身、「最悪の1年です」と振り返ったシーズンとなった。
エピソード
タフィ・ローズが55号本塁打を放ち、中村紀洋が松坂大輔から逆転サヨナラ2ランを打ってパリーグ優勝マジックを1とした2001年9月24日の西武ライオンズ戦で1球投げて、勝利投手となっている。
愛敬不敗神話について。2001年3月27日のプロ入り初登板から2006年5月11日まで、107試合に登板しながら1度も敗戦投手にならなかった。そのうち、2006年4月21日の104試合目まではすべて中継ぎでの登板。同年4月27日に先発として初登板し、勝利。続く5月4日、5月11日も先発登板し、勝利をあげる。当時、楽天イーグルスの勝率は2割台と圧倒的に低く、このチーム状態で先発3連勝をあげたことは快挙と言える。特に、5月11日の横浜戦では、相手にリードを許した状態で代打を出されながら、チームはそのイニングに一挙6点を取って逆転し、愛敬は勝ち投手の権利を得ている。このような「負けない様」はファンの間で愛敬不敗神話と呼ばれた。しかし、108戦目となる5月17日のヤクルト戦でついにプロ入り初黒星となった。「プロ入り107試合無敗」は日本プロ野球歴代2位の記録であり、パ・リーグ最多記録である。(最多負けなしは広島・清川栄治の114試合)