徳(とく、英語;Virtue)は一般に、徳は卓越性、有能性で、それを所持する人がそのことによって特記されるものである。人間にそなわって初めて、徳は善き特質となる。ラテン語の virtus 、ギリシャ語の αρετη (aret?, アレテー)に相当する。ここに徳の個々のものとして列挙するような場合、そうした個々の徳を「徳目(とくもく)」と呼ぶ場合もある。
目次
1 中華文明における徳
1.1 儒教の徳
1.2 道家の徳
1.3 陰陽家の徳
1.4 法家の徳
2 西洋哲学史における徳
2.1 謙遜
2.2 四元徳(cardinal virtues)
2.3 徳の調和
2.4 思慮と徳
2.5 キリスト教の徳
2.6 徳と悪徳
3 関連
4 関連項目
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徳は中国の哲学とくに儒教において重要な概念である。白川静によると甲骨文字では大きな目の上に装飾をかぶった形であり、司祭王の目による呪力で土地を抑えることを意味し、それがやがて統治者としての資質や自然万物を育成する力を表していったと考えられる。
儒教的徳は人間の道徳的卓越性を表し、具体的には仁・義・礼・智・信の五徳や孝・悌・忠の実践として表される。そして、徳は人間の道徳性から発展して統治原理とされ、治世者のすぐれた徳による教化によって秩序の安定がもたらされると考えられた。前漢において儒教は「儒教」とは呼ばれず、もっぱら法家思想の法治や刑に対抗する意味で「徳教」と呼んでいた。儒教思想において重要な規範的価値は、生まれによってではなくその人の徳のあらわれた実際の量の結果によって社会的地位が決せらるべきであるということである。
道家の徳は、根本的実在である「道」の万物自然を生成化育する働きを表す。『老子』はその名を『道徳経』とも言われる。
陰陽家は王朝の交替を土徳・木徳・金徳・火徳・水徳の五行の循環によると考えた。これを五徳終始説という。
法家の徳は、「刑」と対照させられる恩賞の意味であり、恩賞必罰の「徳刑」として統治のための道具と考えられた。
西洋的徳の目録は少なくとも、知恵、勇気、節制、正義というプラトンの『国家』(435、また443)のそれにまで遡られる。より包括的な目録はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』に見出される。徳の概念は古代の哲学において共通の話題であったし、それらはキケロによって採用されたのでキリスト教哲学者に広く受け容れられ、カトリック神学の要諦となった。
なお、この場合の徳とは、virtueの訳語として当てられている。
古代ギリシア、ローマでは謙遜という徳は知られていなかった。「新約聖書」の「エペソ書」や聖典外典の「十二使徒の教え」、いわゆるディダケーなどに出てくる、タペイノプロシューネーなる言葉が最初である。直義は乞食の心構え。キリスト教の成立までは徳として謙遜が挙げられることはなかった。
西洋古典世界の基本的な(cardinal)徳は、
思慮、叡智
正義
忍耐、勇気
節制
である。これは、ギリシア的な教養に由来するもので、プラトンの主著『国家』でこれらの徳が議論された。
古典期の哲学者、特にアリストテレスは、人はこれらの徳を完全に追求するためにすべてを習得せねばならないと唱えた。例えば、正しくあるために人は賢くあらねばならない。徳の調和という論点は論争を呼ぶ。人間は賢くあることなしに勇敢でありうるし、正しくあることなしによく節制されうる、などと議論できよう。また、人間の最上の状態は「中庸」において発揮されるとし、「中庸の徳」を説いた。
ストア派のセネカは、完全な思慮は完全な徳と区別できない、と言った。彼の論点は、もし人が最も遠い視野に立って全ての結果を考慮すれば、結局、完全に思慮深い人は完全に高徳な人間と同じように行為するだろう、ということだ。多くの哲学者は「各々の徳はいかに思慮深くあるのか」を決めることに「各々の徳はいかに調和するのか」を決めるのと同様の価値を見出していた。
キリスト教において神学的徳は、コリント書13:13に由来する信仰、希望、愛(charity)である。これらは、神と人間への愛を完全にするという特殊な慣習的意味を持っている。これら徳の調和とこれらへの思慮の相伴が主張され、キリスト教神学の特色をなす。
徳の反対は悪徳である。悪徳をなす一つの方法は、徳を腐敗させることである。こうして、四元徳は愚昧、無節操、臆病、貪欲となるだろう。キリスト教神学的悪徳は、不敬、絶望、憎悪となる。
しかしながら、アリストテレスは徳がいくつか反対物を持ちうることを指摘していた。