幽王(ゆうおう、生年不詳 - 紀元前771年、在位:紀元前781年 - 紀元前771年)は、周王朝第12代の王。名は宮涅(『史記』は宮?と作る)。
紀元前780年、関中で大地震が発生し、伯陽甫という人物が周朝滅亡の前兆と唱えたが、史書の記録では周朝の国勢の衰退期であったことは確実である。紀元前769年、褒?が後宮に入り幽王の寵愛を受け伯服を設けている。幽王は正室であった申后及び太子宜臼を廃し、褒?を后に、伯服を太子に立てている。
褒?は笑うことをしなかったために、幽王はさまざまな方法で笑わせようとしたがいずれもうまくいかなかった。しかし絹を裂く音で僅かに微笑んだことで国中の絹を徴収し裂き、更には烽火を用いて諸侯を集結させると褒?が笑ったことから、しばしば戯れに烽火を用いて諸侯の信頼を失い、烽火を用いても諸侯が集結することは無くなったという故事がある。また幽王は阿諛追従に長けた佞臣の?石父を卿に任じ、国人の怒りを買っている。
これらの失政に廃后、廃太子の件もあったことから、申后の父である申侯の恨みを買い、西夷犬戎と協力して幽王を攻めた。この時、幽王は烽火を以って救援を頼んだが、すでに諸侯で幽王の下に馳せ参じる者はいなかったという。幽王は驪山で殺され、褒?は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡した。
幽王薨去後、諸侯と申侯は廃太子となっていた宜臼を平王として即位させ、周祀を司らせた。しかしこの兵乱により鎬京は破壊されていたため、平王は東の?邑(洛邑)へと遷都し、東周が始まることとなる。
先代:
宣王周の王
第12代次代:
平王
カテゴリ: 周の王 | 紀元前771年没
更新日時:2008年7月6日(日)09:03
取得日時:2008/07/23 23:07