平瀬川
近所セレブを即検索
永久無料セレブマップ

[Wikipedia|▼Menu]

平瀬川

樋場橋付近(宮前区神木本町)
水系一級水系 多摩川
種別一級河川
延長7.56 km
水源の標高-- m
平均流量-- m?/s
流域面積27.05 km?
水源川崎市宮前区水沢
河口合流先)多摩川(高津区久地地先)
流域神奈川県川崎市

平瀬川(ひらせがわ)は、神奈川県川崎市宮前区および高津区を流れる一級河川多摩川水系の自然河川である。
目次

1 地理

2 歴史

3 支流

4 流域の自治体

5 周辺

5.1 上・中流域

5.2 下流域


6 自然

6.1 平瀬川周辺で見られる野鳥


7 橋梁

8 外部リンク

//


地理

神奈川県川崎市宮前区水沢に源を発する。多摩丘陵東部にあたる川崎市西部台地の森が貯えた水が、宮前区の丘陵地の谷あいを東へ流れ、高津区久地地先で多摩川右岸の霞堤開口部に合流する。本流とは別に、麻生区東百合丘を源とし、多摩区長沢を流れ宮前区初山で合流する支川を持つ。

流域は支川を含めて全域が川崎市内で、概ね西から東に向けて流れており、支川を含めた総延長は11.35km、河床勾配は上流域で1/150、中流域で1/300〜1/400、下流域では1/700程度となっている。

宮前区水沢の水源地は横浜市青葉区との市境に位置し、早渕川の水源域(つまり多摩川水系と鶴見川水系の分水嶺)でもあるが、近年になり両側ともに急速に宅地化が進んだため保水力が低下しており、川崎市内の一部については「水沢の森(菅生緑地)」として保全されている。

現在は二ヶ領本川(二ヶ領用水の一部区間)およびその支流の五反田川と山下川も、平瀬川の支流として管理されている(#歴史の項を参照)。


歴史

かつて平瀬川と大山街道が交差していた「栄橋」の名残を伝える碑が建てられている (2006年 5月29日撮影)津田山の下をくぐる平瀬川トンネルの出口(左が旧坑、右が新坑) (2006年 5月01日撮影)

かつての自然河川は、南武線鉄橋の手前辺りから溝口市街を抜けて現在の二子坂戸緑道へ向けて流れていた。途中、高津中央病院の裏手に、中原4村へ用水を取水する中原堰があった。一部は雨水きょ(ドブ)として再整備されて、以前は暗渠部も少なく、当時の玉川電気鉄道(現在の東急田園都市線)が平瀬川を跨いでいた遺構なども見ることができたが、近年の再開発により、残りも暗渠化されることになり、既に過去の流路跡を辿ることは難しくなってきている。暗渠化完成後は自転車等駐車場と遊歩道として整備される。

明治14年発行の陸軍迅速測図によると、二ヶ領用水根方堀と交差する旧栄橋(現在の栄橋交差点より少し東寄り)で大山街道をくぐった後、平瀬川は東に流下して現在の溝口駅前商店街付近を流れ、旧二子塚の西で二ヶ領用水と合流していることがわかる。大山街道から二子塚付近までは、ほぼ迅速測図の流れを今でもたどることができ、また江戸時代に整備された二ヶ領用水は当時の平瀬川の流路を利用して造られたことがうかがえる。

昭和初期までの沿川では農業が盛んであり、ここ平瀬川も農業用水として利用されていたが、その農業用水として活用するため、また下流の溝口付近で洪水被害が問題になっていたことから、流路が付け替えられ、昭和15年から20年にかけて行われた県営多摩川右岸農業用水利改良事業の一環として、高津区下作延から津田山(七面山)をくぐり高津区久地方面へ抜ける「平瀬川トンネル」が造られ、現在の流路へと付け替えられた。

なお、このとき高津区久地に新造された流路を特に「新平瀬川」と呼ぶことがある。

平瀬川が津田山をトンネルでくぐった先では、直交する二ヶ領用水が一部合流している。これは二ヶ領用水久地円筒分水へ流入する手前で余剰となった水を平瀬川経由で多摩川へ流す施設であり、新平瀬川がかつての久地大圦樋の代替施設として利用されているものであるため、平瀬川の水が久地円筒分水へ流入することはない。 本来は個別の流路であった二ヶ領用水の一部区間(これを特に「二ヶ領本川」または「新川」とも呼ばれる)および五反田川・山下川は、この改良事業以降、平瀬川の支流として管理されることとなった。


★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[この項目を更新]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:22 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki