平松庚三
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平松 庚三(ひらまつ こうぞう、1946年1月6日 - )は、北海道出身の男性実業家である。早稲田大学文学部中退。アメリカン大学卒業。株式会社ライブドアホールディングス(現LDH)の代表取締役社長、弥生株式会社の代表取締役会長、ならびに株式会社セシール取締役。

現在はライブドアねとらじ内で「働くひらまっちゃん劇場 ?こんにちは平松庚三です?」という番組を担当している。ライブドア創業者の堀江貴文とは違い、ブログは開設していないとのことだったが、前述ねとらじ内で、別名で書いていることが判明。
目次

1 来歴

2 人物

3 著書

4 関連項目

5 脚注

6 外部リンク

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来歴

1973年 - アメリカ合衆国アメリカン大学コミュニケーション学部ジャーナリズム学科卒業。
この頃、読売新聞ワシントン支局でアルバイトをしていた。そこで渡邉恒雄と知り合う。

1973年 - ソニー株式会社入社。

1973年?1978年 - ソニーコーポレーション・アメリカ

1978年?1983年 - ソニー本社海外事業部

1983年?1986年 - ソニーPC事業部


1986年 - アメリカン・エキスプレス・インターナショナルジャパン

1986年?1990年 - パブリッシングディレクター

1990年?1992年 - アメリカン・エキスプレス・インターナショナルジャパン副社長。


1992年 - 株式会社IDGコミュニケーションズジャパン代表取締役社長就任。

1998年 - AOLジャパン株式会社代表取締役社長就任 米国AOL副社長就任。

2000年 - インテュイット株式会社代表取締役社長兼CEO就任 米国インテュイット社副社長就任。

2003年 - 米国インテュイットからマネジメント・バイ・アウト(MBO)により独立、弥生株式会社に社名変更、代表取締役社長就任。

2004年12月 - 弥生株式会社の全株をライブドアに譲渡してライブドアグループ入り。

2005年3月 - ライブドア上級副社長就任。

2006年1月24日 - 株式会社ライブドア執行役員社長就任。

2006年2月20日 - 小僧com株式会社設立、取締役就任。

2006年3月15日 - 株式会社ライブドア取締役候補。

2006年3月30日 - 株式会社セシール取締役就任。

2006年6月12日 - 弥生株式会社 代表取締役会長へ就任。

2006年6月14日 - 株式会社ライブドア代表取締役社長へ就任。

2007年4月2日 - 株式会社ライブドアホールディングスへ、社名を変更した。

2007年12月 - 取締役会・株主総会で承認を得た上で、代表取締役社長を退任。

2008年2月 - 小僧 com の 代表取締役会長に就任。


人物

親族に宝塚歌劇団雪組副組長の灯奈美がいる。

2007年時点で1日14時間労働し、休日の土曜日も午前中出勤している。

ハーレーダビッドソンを運転するのが趣味。通常は電車通勤だが、働きづめの生活のため、気分転換として土曜出勤にはいつもより3時間早起きし、ハーレーに乗ってかなり遠回りして出勤してくる。

ファストフードが好き。特にマクドナルドコーヒーがお気に入り。

アメリカの大学を卒業し、アメリカでの生活が長く、外資系企業での勤務も長かった。ゆえに年齢でキャリアを量るという日本のシステムに馴染みが無く、ライブドアの社長就任時に報道されるまで自身の年齢を忘れていた。

日本人として、最初にヴァージン・ギャラクティックの宇宙旅行を予約し、2009年に行く予定である。[1] 日本人として最初に申し込んだだけで、日本人初になるかどうかは未決定。本人が最初と言っているだけで、ヴァージン・ギャラクティックからの正式な発表はない。


退社後のインタビューで、自宅警備員に転職したと答え、「自宅警備員は犬を散歩させたり、マリオカートのタイムを更新させたり、楽ではない。でっていう!」と答えた(実際は新会社設立の準備期間)[2]


著書

『ボクがライブドアの社長になった理由』(2007年3月17日ISBN 978-4797338751


関連項目


不朽の名作から
ケータイ小説(笑)まで

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki