常願寺川
富山湾に注ぐ常願寺川
水系一級水系 常願寺川
種別一級河川
延長56 km
水源の標高2,661 m
平均流量15 m?/s
(瓶岩観測所2002年)
流域面積368 km?
水源北ノ俣岳
河口(合流先)富山湾
流域富山県
富山県富山市小見にて
常願寺川(じょうがんじがわ)は、富山県富山市および中新川郡立山町を流れ富山湾に注ぐ一級河川。古くは「新川(にいかわ)」と呼ばれ、新川郡の名の由来ともなっている。
目次
1 流路
2 概要
3 支流
4 関連項目
5 外部リンク
//
富山県富山市南東部の立山連峰に源を発する。中新川郡立山町との境界に沿って北西に流れ、富山市高来と富山市水橋辻ケ堂の境界で富山湾に注ぐ。
約3000mの標高差に対し、川の延長は僅か56kmという、世界でも有数の急流河川である。明治時代、常願寺川の改修工事のために政府から派遣されたオランダ人の技師のヨハニス・デ・レーケが、「これは川ではない。滝である。」と言ったと伝えられている。この言葉は、実際には「とても急流だ。」というような意味のことを言ったのが誇張されて(または誤訳されて)報告されたものであるが、常願寺川の急流の凄さを表現する言葉としてよく引用されている。この誤訳については諸説あるが、滝の存在が流速を低減する効果があることから上流部の滝を見て「滝があって良かった。」と言ったのが実際のところである、という説が有力である。
流域では昔から水害に悩まされてきた。さらに、江戸時代の末期に上流部の支流である和田川の流域の立山カルデラで、大規模な崩落が発生した。以来、砂防工事が現在まで続けられている。1906年から県営事業として行われていたが、県だけでは十分な工事が行えないため、1926年からは国の直轄事業として行われている。立山カルデラにたまった土砂は約2億立方メートルで、全て流れ出すと富山平野の全体が平均2mの土砂で覆われると推測されている(白岩砂防堰堤)。
「常願寺川」の由来は、上流にある寺の名前や地名など複数の説が存在するが、人々が氾濫が起きないよう常に願っていた気持ちもこめられているのではないかという考え方もある。
明治時代の廃藩置県の際に、一度は旧越中国の全域が石川県に編入された際に旧越中国の住民から分県運動が起こり、その結果、再び富山県に分離されるに至った背景には、この常願寺川などの災害に対して、旧加賀国と旧越中国との間での意識の隔たりが大きかった事が大きな要因とされる。
支流
和田川
関連項目
有峰ダム - 支流和田川のダム。
立山砂防軌道 - 砂防施設整備用の工事用軌道。
外部リンク
⇒富山河川国道事務所
⇒立山カルデラ砂防博物館
ウィキメディア・コモンズには、 ⇒常願寺川 に関連するマルチメディアがあります。 カテゴリ: 富山県の河川 | 常願寺川水系
更新日時:2008年8月1日(金)18:13
取得日時:2008/08/17 19:48