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常温核融合(じょうおんかくゆうごう、Cold Fusion)とは、室温で、水素原子の核融合反応が起きるとされる現象。もしくは、1989年にこれを観測したとする発表にまつわる社会現象。常温での水素原子の核融合反応は、きわめて低い頻度ながら、トンネル効果や宇宙線に含まれるミューオンによって実際に起き、観測もできる。しかし、本項目では、そのような規模ではなく、常温で目視できる規模で起きたと主張されていた核融合反応を扱っている。
目次
1 概要
2 経緯
2.1 背景
2.2 追試結果と結末
3 研究
3.1 概要
3.2 主な研究事例
3.3 主な理論検討
3.4 研究の評価
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
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1989年にイギリス・サウサンプトン大学のマルチン・フライシュマン教授とアメリカ・ユタ大学のスタン・ポンス教授が、この現象を発見したと発表した[1]。この発表においてマルチン・フライシュマン教授とスタン・ポンス教授は、重水を満たした試験管(ガラス容器)に、パラジウムとプラチナの電極を入れ暫らく放置、電流を流したところ、電解熱以上の発熱(電極の金属が一部溶解したとも伝えられた)が得られ、核融合の際に生じたと思われるトリチウム、中性子、ガンマ線を検出したとしている。
現代の物理学理論では水素原子の核融合反応を起こすには、極度の高温と高圧が必要であり、室温程度の温度で目視できるほどの核融合反応が起きるとは考えられていなかった。しかし前年に、絶対零度に近い低温でしか起きないとされていた超伝導が、それまでの理論の予言からは説明のつかない高温で起こると言う高温超伝導現象が発見されて世界的なブームが起きていたことや、フライシュマンがイギリスの電気化学の大家であったことから、従来の物理理論以外での新しい現象が発見されたのではないかとみなされた。また簡易なエネルギー源への期待が高まった。
このため多くの科学者が追試を行ない、様々な仮説も立てられ、これがマスメディア上にまで流布される騒ぎとなった。追試を行ったグループの一部はフライシュマンらと同等あるいはそれ以上の結果を得たと報告したことも、フィーバーに拍車をかけることになった。しかしながら、実施された追試の圧倒的多数では核融合反応や入力以上のエネルギー発生が観測できなかった事、追試に成功したと報告された条件でも現象が再現しない事、理論的にはありえない現象であることなどから、電気分解反応で生じた発熱量の測定を誤ったのではないかと考えられた[2]。アメリカエネルギー省は同年秋に、「現象がおきたという根拠はない」とする常温核融合調査報告書を発表した[3]。また、当時の東京大学学長で原子核物理学者である有馬朗人が「もし常温核融合が真の科学的現象ならば坊主になる」と発言したとされた。
事件の背後には、別の観点からミューオン触媒核融合を研究していたブリガムヤング大学のジョーンズ教授との研究の先取権争いや、研究資金の獲得競争、化学者と物理学者の対立、マスコミの暴走、ユタ州とユタ大学の財政難を解消するための大学当局の政治的策謀など、様々な要因が挙げられている。発表当初は過剰熱を主張するフライシュマンらより中性子のデータを示したジョーンズの報告[4]を信頼する科学者が多かった。しかしジョーンズが後に自ら神岡鉱山内の背景中性子がほとんどない環境で実験したところ、中性子はほとんど観測されなかった[5]。
マスメディアの報道が沈静化した1994年になって日本では通産省エネルギー庁が新水素エネルギー実証試験プロジェクト(NHE)をスタートさせた。これは常温核融合であるかどうかは別として、過剰熱があるならそれを利用しようという意図のもとに行われたプロジェクトである。約30億円が投入され1998年に終了したが、その最終報告は「過剰熱現象は確認出来なかった」というものであった[6]。
2004年にアメリカエネルギー省による常温核融合の再評価が行われた[7][8]。その評価は1989年のものと基本的に変わっておらず「現象がおきたという根拠はない」というものであった。
殆どの科学者は常温核融合を否定的に評価しているが、ごく一部の研究者(世界で300人といわれる)により「固体内核反応」あるいは「凝集系核科学」として地道な基礎研究が続けられている。これまでに実験的には以下のようなことが報告されている[9]。
検出される中性子量は一般の核融合で予想される量より7桁以上少ない。