市村則紀
登録後3分でアエル!!
最速出会セレブマップ

[Wikipedia|▼Menu]

市村 則紀(いちむら のりお、1952年7月16日 - )は、中日ドラゴンズ西武ライオンズに所属した元プロ野球選手投手)である。
目次

1 来歴・人物

2 略歴

3 通算成績

4 関連項目

//


来歴・人物

左腕からのスライダーを主としたクセ球が武器で主にワンポイントリリーフとして活躍した。

茨城県の石下高校から東洋大学(西武でチームメイトになる松沼博久とは同級生)、電電関東(現NTT東日本)を経て、1982年ドラフト会議で中日から指名を受けた。指名時の年齢はドラフト史上最高年齢の30歳5ヶ月であり、「子連れルーキー」として話題となった。1985年オフ、鈴木康友選手との交換トレードで西武に移籍。1986年には中継ぎで37試合に登板し優勝に貢献、その年の珍プレー特集でリリーフカーを乗り間違えたシーンが珍プレー大賞に輝き有名になった。1988年限りで引退。

1998年にはかながわ・ゆめ国体軟式野球チームのメンバーとして出場、優勝を果たしている。2000年には、社会人野球の相模原クラブにコーチ兼投手として入団、2002年まで在籍した。現在は孫もいるが、ソフトボールに舞台を移して活躍している。


略歴

投打 左/左

出身地 茨城県常総市水海道町(旧:水海道市)

血液型 O型

球歴・入団経緯 石下高 - 東洋大 - 電電関東 - 中日ドラゴンズ(1983年-1985年) - 西武ライオンズ(1986年-1988年)

プロ入り年度・ドラフト順位 1982年(ドラフト3位)


通算成績

年度所属背番号登板勝利敗戦セーブ勝率打者投球回被安被本与四与死奪三失点自責防御率
1983中日3744001.00023852 1/36212023122183.10
1984271001.00010423235831312114.30
198517000.00071142424210985.14
1986西武3837220.50013133261602112113.00
198736272001.0009621 2/326570515145.82
198811000.000256 1/391003445.68
通算163521.714665150 1/3170154578374663.95


初登板
1983年4月9日広島戦(ナゴヤ) 6回1死より登板、2/3回無失点 被安打0 奪三振0 四死球0

広島1000520109○北別府
中日2110000105●小松-堂上-市村--藤沢-曽田


初奪三振
1983年4月12日大洋戦(横浜) 7回屋鋪から

中日0200210005鈴木-三沢-●都-藤沢-市村-堂上
大洋20003300x8門田-増本-五月女-○斉藤


初セーブ
1983年6月9日広島戦(広島) 9回1イニング無失点 被安打0 奪三振0 四死球0

中日4000100005○安木-藤沢-S市村
広島1000300004●津田-新美


初勝利
1984年5月17日巨人戦(郡山) 7回2死より登板、1回1/3無失点 被安打0 奪三振1四死球0

中日0011001025鈴木-○市村-S牛島
巨人0000202004槙原-鹿取-●西本聖


関連項目

茨城県出身の人物一覧

中日ドラゴンズ
1982年ドラフト指名選手
1位:鹿島忠 / 2位:平沼定晴 / 3位:市村則紀 / 4位:近藤満 / 5位:彦野利勝 / 6位:宮下昌己
カテゴリ: 日本の野球選手 | 東洋大学硬式野球部の選手 | 中日ドラゴンズ及びその前身球団の選手 | 埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の選手 | 茨城県出身の人物 | 1952年生

更新日時:2008年6月1日(日)03:01
取得日時:2008/09/01 00:01


これは便利!
本屋の在庫も探せます

[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:8262 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki