市川森一
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市川 森一(いちかわ しんいち、1941年4月17日 - )は、日本の脚本家、小説家、コメンテーター、学校法人鎮西学院理事・評議員、長崎歴史文化博物館名誉館長、日本放送作家協会理事長。
目次

1 来歴・人物

2 主な作品

2.1 映画

2.2 テレビ番組

2.3 舞台


3 著書

4 その他

4.1 テレビ番組(過去に出演していたものを含む)

4.2 ラジオ番組

4.3 ミュージカル


5 市川森一(に相当する役)を演じた俳優

6 エピソード

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来歴・人物

長崎県諫早市出身。鎮西学院中学部、長崎県立諫早高等学校日本大学藝術学部卒業。妻は女優の柴田美保子

1966年円谷プロ制作の子供向け特撮番組「快獣ブースカ」で脚本家デビューする。その後しばらくの間は、子供番組を中心に執筆していた。キリスト教徒であり、ウルトラシリーズの脚本では、神話に由来する名前を持つ怪獣や設定を多用したことでも知られる(ペテロバラバゴルゴダの丘アイスキュロスアイロス星人プロメテウスプロテ星人など)。当初メインライターを務めた『ウルトラマンA』を最後に大人番組へ移行し、現在に至る。

1983年、『淋しいのはお前だけじゃない』で第1回向田邦子賞受賞。1989年「異人たちとの夏」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。1989年、「明日」「もどり橋」「伝言」で芸術選奨文部大臣賞受賞。

長らく「日本アカデミー賞授賞式」のテレビ中継内で、予想屋として出演。ことごとく外れる予想で人気があった。


主な作品


映画

異人たちとの夏(1988年) 山田太一原作

長崎ぶらぶら節 (2000年) なかにし礼原作

黄色い涙(2007年)永島慎二原作 自作テレビドラマの映画化


テレビ番組

快獣ブースカ(1966年、日本テレビ

ウルトラセブン(1967年、TBS

コメットさん(1967年 - 1968年、TBS)

怪奇大作戦(1968年 - 1969年、TBS)

プロファイター(1969年、日本テレビ)

帰ってきたウルトラマン(1971年、TBS)

仮面ライダー(1971年 - 1973年、毎日放送)企画に参加した他、第4話「人喰いサラセニアン」を島田真之と共作。

シルバー仮面(1971年 - 1972年、TBS)

太陽にほえろ!(1972年 - 1976年、日本テレビ)

ウルトラマンA(1972年、TBS)

金曜ドラマ『新・坊っちゃん』(1972年、NHK)

銀河テレビ小説『黄色い涙』(1974年、NHK)原作-永島慎二

傷だらけの天使(1974年、日本テレビ)

グッドバイ・ママ(1976年、TBS)

夢のながれ(1976年、CBC

東芝日曜劇場『緑も深き』(TBS)

大河ドラマ黄金の日日』(1978年、NHK)原作-城山三郎

風の隼人(1979年- 1980年、NHK)

港町純情シネマ(1980年、TBS)

万葉の娘たち(1981年、NHK)

淋しいのはお前だけじゃない(1982年、TBS)

ソープ嬢モモ子シリーズ(1982年 - 1997年、TBS)


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki