市原両親殺害事件(いちはらりょうしんさつがいじけん)とは1974年(昭和49年)10月30日に千葉県市原市で発生した親殺し事件。逮捕された息子は死刑確定となった現在も、無罪を訴えて再審請求中。
目次
1 事件の概要
2 裁判
3 疑問
4 関連項目
5 外部リンク
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事件の概要
1974年10月30日の17時20分ごろ、千葉県市原市の自宅で、両親から風俗店勤務女性との結婚を反対されたことに激怒した息子は、父親(当時59歳)を登山ナイフで突き刺し、続けて止めに入った母親(当時48歳)も刺殺。両親ともほぼ即死の状態で、遺体を浴槽に隠す。11月1日、双方の遺体に車のホイールを括りつけ、五井海岸の養老川河口から投棄。親の金庫から金を奪い、風俗店勤務女性と遊び歩いていた。11月10日、東京湾で両親の遺体が発見され、身元を確認すると同時に、息子を殺人及び遺体遺棄容疑で逮捕。
息子は千葉県のトップレベルの進学校を卒業、両親は裕福な自営業、風俗店勤務女性との結婚を反対されての親殺しと、マスコミはかなりスキャンダラスに報道していた。1976年、この事件をもとに中上健次が小説『蛇淫』を発表、同年、長谷川和彦監督が水谷豊主演で映画『青春の殺人者』を製作。
逮捕後から裁判まで一貫して息子は両親の殺害や遺体遺棄を否認、父親は母親に殺され、母親は自分の知らない第3者が殺したと主張。
1984年3月15日、千葉地裁で息子に死刑判決。
1986年8月29日、東京高裁で控訴棄却。
1992年1月31日、最高裁で上告棄却。死刑確定。
疑問
警察は息子が両親をほぼ同時刻(17時20分ごろ)に刺殺したと判断したが、現場(自宅)に母親の血液が見つかっていない。この時刻に隣人が悲鳴と椅子が倒れる音を耳にしているが、19時から19時30分の間に、近所の食堂店員が、母親が来店したことを証言。彼女が来店した際の天候や店内で放送していたテレビ番組について詳細に話しているが、検察側はテレビ番組に関しては店員の勘違いである可能性が高いことを指摘している。
関連項目
冤罪
外部リンク
⇒事件史探求
カテゴリ: 昭和時代の殺人事件 (戦後)
更新日時:2008年9月14日(日)04:13
取得日時:2008/11/11 17:26