左近桜(さこんのさくら)は、平安京の内裏にある紫宸殿正面の階段から見て左にあった桜の樹。右近橘に相対した。左近桜という名称は、殿上で儀式のあるときこの桜の方に左近衛の陣を敷いたことによる。南殿の桜ともいう。
現在の京都御所にも古式に則って再建されたものが伝わっている。
もとは梅の樹で桓武天皇の遷都のときに植えられたが、承和年間(834年-847年)枯死したため、仁明天皇のときあらためて桜を植えた。貞観年間(859年-876年)に枯れたが、その根から生じた芽を坂上滝守が勅命で培養し、ふたたび枝葉が盛んになった。天徳3年(959年)9月内裏焼失のとき桜も焼けたため、内裏造営におよんで、重明親王の家の吉野桜を移植し、康保元年(964年)11月、同2年(965年)正月の2回にわたり改栽した。その後しばしば焼け、堀河天皇のときに植えたものが最後となった。
ひな祭りでひな壇に並べられることがある。 カテゴリ: 平安時代 | 桜
更新日時:2008年8月5日(火)19:17
取得日時:2008/08/13 22:52