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川島 令三(かわしま りょうぞう、1950年9月21日[1] - )は鉄道評論家である。兵庫県芦屋市出身、山梨県上野原市在住。
鉄道に関する著作多数。中でも『全国鉄道事情大研究』(草思社)は10年以上続くシリーズとして現在も続刊中[2]。
目次
1 略歴
2 主な特徴
2.1 主張・提言
2.2 文章の性格
2.2.1 問題点
2.3 鉄道事業者に対する姿勢
3 川島による造語
4 主要著作
4.1 テレビなど
5 脚注
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兵庫県立芦屋高等学校、東海大学を経て、電気車研究会『鉄道ピクトリアル』編集部に勤務。その後鉄道専門出版社「ジェー・アール・アール」設立に参画。鉄道事故などの際、テレビ番組にコメンテーターとして出演することも多い。鉄道アナリストと自称し、著述活動を主に活動している。現在早稲田大学政治経済学部特別講師(交通経済学)、鉄道友の会会員、全国鉄道利用者会議会員。
内田百や宮脇俊三、徳田耕一のような紀行文学や種村直樹のような乗車記録とその感想、所澤秀樹のような雑学的なものとは異なり、鉄道に関する評論家として「利用する側に立った辛口の感想と改善への具体的提案」を文章で書くスタイルを確立したパイオニア的存在といえる。ただし、最近は雑学的内容の著書も多い。
提言・提案の中には鉄道事業者によって実現したものも散見される。しかしながら提言する前から計画されている場合もあり、川島の影響は不明である。提言の中にはコストを度外視したものも多く、その評価は賛否が分かれる。ある意味で過激といえる提言が目立つため見過ごされやすいが、あくまで川島が目指すところは「鉄道の復権」(関西に関しては「民鉄復権」も含む)である。
鉄道の利便性向上を目的として、設備、ダイヤ、車両などに関する改良案を提起することを主体に活動している。著作では都市圏輸送や都市間輸送を担う路線を中心に扱っているが「全国鉄道事情大研究」シリーズでは全国のローカル路線も扱っている。主張は理想論に近く、コスト的・経営的・理論的な視点は比較的薄い。それゆえに提言の実現可能性が低いことは本人も自覚しており、一部でも実現すればよいと考えているようである。
提言に見られる全体的な傾向として、以下のものが挙げられる。
増発…都市近郊路線においては最低毎時4本=15分毎でないと利用できないと主張している。同時に優等列車についても増発を提言している。長編成による低頻度運転を行っている路線については短編成による高頻度運転も提言している。
高速化…大抵最速130km/h運転、路線によっては160km/h運転を提言。また、各駅停車しか走らない路線では快速などの優等列車の設定。及びそれを実現するに当たって高速走行、高加減速ができる車両を揃えること、線路改良、複々線化等を主張している。
乗り継ぎの簡略化…他路線との大規模な直通運転やそのための延伸。利用客が期待できる施設までの延伸や駅の設置も述べている。
パターンダイヤの設定。
快適な車内…3扉転換クロスシートの導入。一方で立ち客がつかまるポールや数多くあるつり革については鬱陶しいとしている。オールクロスシートが難しい場合、編成の一部をクロスシート化して座席指定料金を取ることも提言している。
小規模路線LRT化
これらはおおよそ利用者の願望に沿うものであり、日頃通勤電車の混雑や乗り継ぎの悪さに苛立っている人にとっては魅力的に写る内容が多い。ただし、混雑路線に対してもクロスシート車導入を主張する(混雑が激しい山手線でも一部導入を著書で提言していた)など、通勤時間帯の実態が見えているのか批判する声もある。
また鉄道は他の輸送機関と比較して定時輸送・大量輸送に適していると主張しており、鉄道の優位性を述べる内容の記述が見られる。輸送量が多い場合には鉄道整備の方がコストが安いとし、道路整備に重点を置く行政に批判的であり、行政は鉄道にも重きを置いた交通政策をするように提言している。ただし鉄道好きで車嫌いかというとそうでもなく、地方の取材などでは車を足に使っており、著作でも車の至便性を挙げた上で地域内輸送は車、中・長距離輸送は鉄道と棲み分けが可能、道路渋滞の解消に繋がり、さらには高速鉄道網の整備で航空機を国外線へ振り向けられると提言している。
以前は活字媒体以外にはあまり登場しなかったが、2000年の中目黒駅における帝都高速度交通営団(当時)日比谷線の列車衝突事故以降、大規模な鉄道事故などの際には「鉄道アナリスト(分析専門家)」という肩書きでテレビにも顔を出してコメントしており、日比谷線の事故で初めて川島の顔を見たという鉄道ファンも多い。2005年のJR福知山線脱線事故の際にも数多くのマスメディアに登場した。