岩垂 寿喜男(いわたれ すきお、1929年4月25日 - 2001年3月7日)は、政治家。元日本社会党・社会民主党衆議院議員。
長野県松本市出身。長野県東筑摩農学校(現長野県塩尻志学館高等学校)、 中央大学専門部法学科卒業。総評本部書記を経て、1972年、旧神奈川2区より衆議院議員に当選。連続当選8回。社会党内では伊東秀子や小森龍邦らと並ぶ最左派の理論家として知られ、1993年、細川内閣が成立を目指した衆院に小選挙区比例代表並立制導入することを柱とする政治改革法案に党の意向に反して反対票を投じ処分を受ける。しかし、自身が推進側に回った自社さ連立政権の村山内閣下では一転して、ルアンダに現地調査に行き自衛隊のPKO(国際連合平和維持活動)派遣を決め、「変節した」との批判を浴びた。1996年1月から11月まで第1次橋本内閣の環境庁長官を務めた。同年、政界引退。
2001年3月7日、心不全のため神奈川県鎌倉市の病院で死去。享年71。
岩垂が亡くなってから5年経った2006年2月に行われた社民党の党大会で、衆院に小選挙区比例代表並立制を導入する政治改革法案に賛成したのは、その後の党勢激減を踏まえれば「正しかったとはいえない」との新見解をまとめ、当時法案に反対して処分された岩垂ら9人の名誉回復が図られることになった。
先代:
大島理森環境庁長官
1996次代:
石井道子
カテゴリ: 1929年生 | 2001年没 | 日本の閣僚経験者 | 日本の国会議員 | 日本社会党の人物 | 神奈川県の政治家 | 長野県の政治家 | 社会民主党の人物
更新日時:2008年6月26日(木)14:49
取得日時:2008/09/04 19:22