岡崎 久彦(おかざき ひさひこ、1930年4月8日 - )は元外交官・元サウジアラビア・タイ駐在大使、外交評論家、NPO法人岡崎研究所所長。
新しい歴史教科書をつくる会賛同者、日本李登輝友の会副会長、歴史事実委員会会員など、保守派の政治運動でも知られる。
目次
1 人物
2 来歴
3 略歴
4 著書
4.1 単著
4.2 共著
4.3 編著
4.4 共編著
4.5 訳書
5 歴史認識問題との関わり
5.1 「新しい歴史教科書をつくる会」教科書への執筆
5.2 靖国問題
5.3 慰安婦問題
6 語録
7 脚注
8 関連人物
9 関連項目
10 外部リンク
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外務省の情報畑を長く歩いた国際情勢判断の大家。中公新書の「戦略的思考とは何か」は日本人による国際戦略論の基本的図書としてロングセラーになっている。田久保忠衛、古森義久などとともに親米保守派の代表的評論家の一人である。“アングロサクソンとの協調こそが日本の国益とアジアの平和につながる”と一貫して主張。また、自ら本を出すなど気功に傾倒している。
イラク戦争では米国をいち早く支持した小泉首相を絶賛し、「日本が唯一指針とすべき事は、評論家的な善悪是非の論ではなく、日本の国家と国民の安全と繁栄である。」(『産經新聞』2003年3月25日号「正論」)つまり、事の理非は問題にしてはならず、ただ米国を支持すればよいのだと主張した。もっとも、著書の中で「極東軍事裁判以来、歴史を論じる時には歴史的事件の当事者の善悪、責任を論じるのが習慣のようになっているが、そんなことばかりしていると是非の論争にこだわって歴史の真実を見失ってしまう恐れがある。歴史は流れであり、その流れの中で戦争も平和も起こる」(「重光・東郷とその時代」PHP文庫、213ページ)と述べており、ある意味首尾一貫したものである。
対米協調志向は若い頃からのもので、先輩から「君はおじいさんの世代(吉田茂などのオールド・リベラリストを指す)のようなことを言うんだなあ」と評されたこともある。また、安保騒動後に全学連で安保反対運動をしていた人間と話した際「お前たちのような教育のある人間がどうしてああいうことをするんだ。大学に行っているインテリがどうして安保反対など言うんだ」と聞いて「あの時の雰囲気がわからない人に話してもわかりませんよ」と返され「雰囲気とは何だ。インテリたるものが理屈で説明できないことを『雰囲気がそうだったから』では説明にならないではないか」と問い詰めたことがあるという。
また、エリート・学歴志向が強く、米英などのイラク戦争を支持した東大教授の田中明彦、北岡伸一の発言を受けて、「昔は重大な国際的国内的政治問題が起こると、新聞は社会面に東大の政治学の教授の意見を掲載し、国民は「ああ、そういうことなのか」と啓発されたものである。その後、東大法学部は長い間左傾して権威を失墜して、誰もその発言を顧みなくなっていたが、そういう時代も終わっている。本来なら、この二教授の発言でこの論争は決着している」と主張した( ⇒米のイラク攻撃支持 勇気ある小泉発言 岡崎久彦 (読売新聞「地球を読む」2003年3月30日掲載) )。
関東州・大連生まれ。府立高等学校を経て、東京大学法学部在学中に外交官試験に合格し、外務省へ中退入省。ケンブリッジ大学留学を経て、防衛庁参事官、駐アメリカ公使、駐サウジアラビア大使、駐タイ大使を歴任した。
1992年に退職し、博報堂・千代田化工建設などの特別顧問を務める。松下政経塾、防衛法学会各顧問、上野学園、國語問題協議會、国際経済政策調査会各理事。他に日本財団(笹川陽平会長)、博報児童教育振興会、中東調査会、日本国際フォーラム各評議員。