山田 信道(やまだ のぶみち、1833年12月13日(天保4年11月3日) - 1900年(明治33年)3月11日)は、日本の官僚、政治家。旧熊本藩士。男爵。
肥後熊本藩出身。尊皇攘夷思想に惹かれて鹿児島に下る。1863年、八月十八日の政変により幕府に捕らわれ、拘禁5年の判決を受ける。明治維新後に新政府に入り、1871年の廃藩置県に伴い江刺県権知事に任命される。以後、島根県令、福島県、1891年に大阪府知事。1895年には京都府知事に就任した。1896年6月5日、維新や地方行政の功により男爵を授爵。1897年には第2次松方内閣の農商務大臣として入閣した。のち、会計検査院長を務めた。
大阪府知事
6代
西村捨三 7代
1891年6月 - 1895年10月 8代
内海忠勝
京都府知事
6代
渡辺千秋 7代
1895年10月 - 1897年11月 7代
内海忠勝
先代:
大隈重信農商務大臣
第13代: 1897年 - 1898年次代:
伊東巳代治
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更新日時:2008年6月17日(火)05:28
取得日時:2008/08/18 02:12