小野 伸二
名前
愛称シンジ
カタカナオノ シンジ
ラテン文字ONO Shinji
基本情報
国籍 日本
生年月日1979年9月27日(28歳)
出身地静岡県沼津市
身長175cm
体重74kg
血液型O型
選手情報
在籍チーム VfLボーフム
ポジションMF
背番号23
利き足右足
代表歴
1998- 日本56 (6)
小野 伸二(おの しんじ、1979年9月27日 - )は、静岡県沼津市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。ブンデスリーガ、VfLボーフム所属。
目次
1 来歴
2 所属クラブ
3 プレイスタイル
4 人物
5 個人成績
6 タイトル
7 代表歴
7.1 出場大会など
7.2 試合数
7.3 関連項目
8 脚注
9 CM出演
10 関連項目
11 関連サイト
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小学生時代から「天才」と呼ばれ[1]、1993年、13歳でU-16(16歳以下)日本代表に初選出されて以後、常に各年代の代表チームの中心選手として活躍した。1994年、第6回U-16アジアユース選手権で優勝し、1995年にはFIFA U-17世界選手権大会に出場している。
清水商業高校[2]でも主力となったが、全国高等学校サッカー選手権大会だけは縁がなく、一度も本大会出場を果たせなかった。しかし、1997年、高校3年生の時には全日本ユース選手権準優勝、インターハイベスト8、他校の選手と合同チームを組んだ国民体育大会では静岡県選抜・少年男子の部の2年連続優勝。この年の暮れに、実にJリーグの13クラブからオファーがあったが、卒業後に浦和レッズに入団することを決めた。背番号は28を与えられた。
1998年にはアジアユース選手権で準優勝し、MVPを獲得。韓国とのワールドカップ共催記念試合で岡田武史監督に抜擢され、18歳でA代表初出場。フランスワールドカップの日本代表にも選出され、第3戦のジャマイカ戦に15分間の出場を果たした。(ファーストタッチで股抜き。その後も効果的なプレーを連発。)浦和においては、デビュー第2戦の横浜フリューゲルス戦でプロ入り初得点。このシーズンは9得点を挙げ、新人王とベストイレブンを受賞した。
1999年、浦和での背番号を8に変更。FIFAワールドユース(ナイジェリア大会)ではチームメイトからの信頼も厚く主将として準優勝に貢献(残念ながら決勝戦は累積警告で出場停止であったが)。ベストイレブンに選ばれた。日本サッカーが国際大会で準優勝を飾った事は当然ながら初の快挙で、この結果から小野らこの世代を黄金世代と評すようになった。しかし、シドニーオリンピックのアジア地区予選、フィリピンとの試合で後ろから悪質なカニバサミタックルをくらい左ヒザの靭帯を断絶するという重傷を負い、即入院し手術。リーグ戦の半分以上を欠場した。リハビリを経てJリーグ復帰するが、この怪我以降、怪我を頻発させることになる。