寺西 和史(てらにし かずし、1964年8月26日 - )は日本の裁判官。兵庫県出身。
洛星高等学校卒業、京都大学法学部卒業。1990年、司法試験に合格。1993年、判事補に任官。
寺西は被疑者を代用監獄(現:代用刑事施設)に送るべきではないという考えから、令状審査では拘置所に送る決定を常に下していた。しかし、検察官の準抗告によってほとんどの決定を覆されたため、やむなく被疑者が被疑を否認した事件に限って拘置所に送る決定を出すようにしたが、それでも大半が準抗告によって寺西の決定は覆されたという。
1997年に令状によって盗聴を可能とする組織的犯罪対策法案の骨子が発表されると、旭川地裁判事補である寺西は「信頼できない盗聴令状審査」と題する批判を朝日新聞の読者欄に10月2日に投稿。寺西は旭川地裁所長である鬼頭季郎(鬼頭史郎の実弟)から厳重注意処分を受ける。
1998年に4月18日に組織犯罪対策法案反対派によって開催される集会で寺西に対してパネリストとして出席と発言を求められた。しかし、その後主催者から寺西へパネリストとしての出席辞退を要請され、寺西はパネリストとしてではなく一般参加者として出席する。「集会でパネリストとして話すつもりだったが、地裁所長に『処分する』と言われた。法案に反対することは禁止されていないと思う」と発言するに留まった。
しかし、組織犯罪対策法案反対派の集会に出席したことが裁判所から問題視され、寺西は戒告処分を受ける。寺西は最高裁に判断を仰ぐが、最高裁でも賛成10と反対5で戒告処分が妥当と判断された。
その後、裁判官として再任拒否されるのではと危惧する者もあったが、10年の任期を迎えた2003年3月に再任を許され、判事となった。
著作
「愉快な裁判官」(河出書房新社)
共著
「自由のない日本の裁判官」(日本評論社)
「裁判官を信じるな!」(宝島社文庫)
カテゴリ: 日本の裁判官 | 1964年生 | 兵庫県出身の人物
更新日時:2008年8月21日(木)16:08
取得日時:2008/09/02 18:04