安東省菴(あんどう せいあん)は日本の儒学者。
元和8年(1622年)に柳川藩の高級武士の家に生まれた。 京都で学問を修めている間、日本に亡命してきた学者、江川入徳(中国名:陳入徳)から、朱舜水の情報を得た。1660年、安東は長崎に赴き、朱と会談し、師弟の交わりを持った。この時、安東は日本に留住できるよう長崎奉行に働きかけ、6年間もの間少ない自分の俸禄の半分を朱舜水のために使ったという。また、その間に長崎で火事が起こり、朱の家が焼けたときも新築してやった。これは松尾芭蕉と杉風の関係を連想させる。 また、当初は朱子学一辺倒であったが、朱舜水に諭され、陽明学なども学んだ。これは、彼の人格育成に大いに役に立った。 彼は、幅広い学問に通じ、学派に偏らない本来の精神を追求した。 また、生活は清貧に甘んじ、実学を信念とし、論語のような生活態度をしたという。 そして、“西海の巨儒”と呼ばれたが、元禄14年(1701年)に没する。享年79であった。 カテゴリ: 1622年生 | 1701年没
更新日時:2006年12月20日(水)09:21
取得日時:2008/07/05 12:39