聚樂第屏風圖(三井文庫蔵)
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安土桃山時代(あづちももやまじだい、1568年 - 1603年)とは、織田信長と豊臣秀吉が天下人として日本の統治権を握っていた(織田政権・豊臣政権)時代を指す、日本の歴史の時代区分の一つ。織豊時代(しょくほうじだい)や安土大坂時代(あづちおおさかじだい)とも言う。また、安土桃山時代の元号の大部分が天正だったので、天正時代(てんしょうじだい)と呼ぶこともある。
目次
1 概要
1.1 織田信長による政権の確立
1.2 豊臣秀吉による天下統一
1.3 豊臣時代の終焉
2 年表
3 桃山文化
3.1 絵画
3.2 工芸
3.2.1 漆器
3.2.2 陶器
3.2.3 活字印刷
3.3 茶道
3.4 芸能
3.4.1 踊り
3.4.2 語り物
3.5 建築
3.5.1 城郭
3.5.2 その他
4 関連項目
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織田信長の居城であった安土城、豊臣秀吉の居城であった伏見城(桃山)から、このように呼ばれる。特に、豊臣家が全国支配を担った後半を桃山時代といい、この時代を中心に栄えた文化を桃山文化と呼ぶ。ただし、桃山の名称は江戸時代になって廃城された伏見城の跡地に桃の木が植えられたことから名付けられたもので、桃山城と呼ばれる城が存在したわけではない。そのため、歴史的経緯を尊重するなら“伏見時代”の方が適切な呼称となるが、そもそも、安土城は完成からわずか3年余りしか存在しておらず、伏見城(木幡山)も完成から2年後に秀吉が死去するなど、それぞれ在城は短期間であり、これらを時代の呼称に用いること自体が適切ではないという主張もある。そのため、近年は織豊時代という呼び方も広まっており、安土大坂時代、または天正時代の呼称を提案するひともいる。
安土桃山時代の始期と終期には複数の見解が存在する。始期は織田信長が足利義昭を奉じて京都に上洛した永禄11年(1568年)が有力であるが、義昭が京都から放逐された元亀4年(1573年)、安土城の築城が始まった天正4年(1576年)とする考えもある。終期は、豊臣秀吉が死去した慶長3年(1598年)、関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利した慶長5年(1600年)、家康が征夷大将軍に任じられ江戸幕府を開いた慶長8年(1603年)などがある。何れにしても、「織田・豊臣の時代」という概念をどこで区分するかの違いではあるが、室町時代、戦国時代と重複してしまうことが、その定義付けを複雑化させている。
戦国大名の中で織田信長の勢力が次第に強大になり、足利義昭を奉じて京都に上洛したことで、信長による政権の運営が始まることになった。