学校法人桐蔭学園
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この項目では神奈川県にある学校法人桐蔭学園について記述しています。大阪府の高等学校については大阪桐蔭中学校・高等学校を、和歌山県の高等学校については和歌山県立桐蔭高等学校をご覧ください。

桐蔭学園国公私立の別私立学校
設置者学校法人桐蔭学園
設立年月日1964年(昭和39年)
創立者柴田周吉
共学・別学男女別学
中高一貫教育中高一貫教育
課程全日制課程
設置学科普通科・理数科(高校男子部のみ)
学期2学期制
高校コード14524G
所在地〒225-8502
神奈川県横浜市青葉区鉄町1614番地
電話番号045-971-1411
外部リンク ⇒公式サイト
テンプレート/ノート

学校法人桐蔭学園(がっこうほうじんとういんがくえん)は、1964年昭和39年)に「真のエリートの育成」を目指し創立された、幼稚園から大学院を擁する学校法人である。横浜市青葉区鉄町に広大な敷地のキャンパスを所有し、ドイツにはドイツ桐蔭学園を所有している。また、関連法人として横浜総合病院(総合病院)も有している。
目次

1 概要

2 部活動

3 学園祭(ポロニア祭)

4 沿革

5 学園歌

6 主な出身者

6.1 サッカー

6.2 野球

6.3 その他スポーツ

6.4 芸能人

6.5 マスコミ

6.6 学究

6.7 その他


7 アクセス

8 キャンパス

9 外部リンク

10 脚注

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概要

中高一貫校として、桐蔭学園中学校/高等学校男子部、桐蔭学園中学校/高等学校女子部と、男子校である桐蔭学園中等教育学校が存在する。なお、女子部には女子中等教育コース(※中等教育学校とは別である)と従来型の女子中学/高校コースがある。そして、高等学校男子部には普通科理数科の二つの学科が、同女子部には普通科のみの中で普通コースと理数コースの二つのコースが設置されている。入学偏差値は、男子部中学校、女子部中学コースよりも、中等教育学校、中等教育コースの方が高い。

中学・高等学校は男子部と女子部があり、教室や校舎などが分かれている。ただし、高校3年では男女混合で授業をおこなうため男女併学となる。

高等学校では、一学年に1,000人台の生徒が在籍しており、生徒数では国内有数となっている(ちなみに生徒数最多の高校は作新学院高等学校)。

原則として能力別の授業編成を行っており、年に4回、それぞれの定期考査の成績によりレッスンルーム(能力別に編成された授業集団。通称、レッスン/LR)間の移動が行われる。(ただし、次学年への進級に伴うレッスン移動では校内実力考査の成績も加味することがある。)HRは三年間同じである。

服装や頭髪などの指導が厳しく、定期的に検査などもしているが、近年ではなかなか改善が見られず、公共の場などでのマナーの悪さなどを憂慮する声もでてきている。

開校当初は生徒集めに苦労し、現在の学園幹部が周辺地域への戸別訪問を繰り返したこともあったという。その後野球部が甲子園で優勝したことを契機に学校宣伝を積極的に行い、生徒を集めた。

いわゆる自宅外生の受け入れも行なっており、鉄町の学園敷地内と学園の近隣数ヶ所に生徒寮を有している。

90年代前半には東京大学の合格者は100名を超え、部活動でも好成績を残すなど文武両道校というイメージを広めることに成功したが、東大合格者数は中等教育学校も含めた総数で2007年33名、2008年26名と漸減傾向にあり、他の難関大学に対しても同様のため、合格実績の立て直しが急務となっている。

桐蔭学園では上記の中学校・高等学校・中等教育学校の他に、幼稚部(2年保育)・小学部桐蔭横浜大学法学部、及び法科大学院、医用工学部などを設置)を併設しているが、これらでは開設以来男女共学制を敷いている。

学園創立者・初代理事長は、茗渓会会長、茗渓学園理事長、科学技術学園理事長なども務めた柴田周吉。柴田周吉理事長のもとで桐蔭学園の理事会の監事をしていた長男・柴田矩雄が1977年3月に死去し、後任監事として次男の柴田紘次が就任したが、1982年10月2日に柴田周吉理事長が亡くなった後、鵜川昇が学園創立以来の理事を一掃し、理事長と校長の両ポストに就いて学園長と称するようになり権力の集中を図った。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen