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妙円寺(みょうえんじ)は鹿児島県日置市伊集院町にある曹洞宗の寺。山号は「法智山」。
目次
1 沿革
2 「谷山大観音」
3 関連項目
4 外部リンク
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薩摩の戦国大名、島津義弘(戒名「妙円寺殿松齢自貞庵主」)の菩提寺である。禅寺であるため妙円禅寺、また妙圓寺とも記す。1390年(元中7年)、当時この地の支配者であった伊集院忠国の11男である石屋真梁によって、長州の守護大名であった大内義弘の息女の供養の為[要出典]建立された。ちなみに石屋真梁は1394年(応永元年)に島津元久の命で福昌寺の開山となった人物でもある。石屋真梁の兄・南仲は広済寺の開山となっており、妙円寺は福昌寺の兄寺にあたる。毎年行われる節分祭は県内有数の信者数を誇っている。六百年の歴史があり、永平寺と總持寺とを両本山に持つ、曹洞宗の寺院である。「妙円寺詣り」の妙円寺とは本来この寺のことをさす。
歴代島津氏当主の尊崇を受けてきたが、島津義弘は特にこの寺に対する帰依が厚く、義弘とその妻の墓所となったために薩摩藩の中でも有数の禅寺となった。しかし明治2年の廃仏毀釈により破壊され、当時の住職は島津義弘の位牌などの宝物を持って避難した。明治13年には早くも地元の支援者によりかつての寺地の近隣に再興され、徳重神社の所有となった宝物の返還を求めたが、結局達せられないまま現在に至っている。義弘自身も出家しているため、徳重神社に祭られている義弘の御神体は仏像であると言う。復興後の妙円寺は600坪程に縮小されたが、義弘の位牌はもちろん、境内には昭和11年に公爵(島津家第30代当主)島津忠重の寄贈した石屋眞梁禅師の碑があり、碑銘は陸軍大将町田経宇によって書かれている。
なお、島津義弘公自身が帰依した妙円寺[要出典]や曹洞宗を蔑ろにする形で、毎年徳重神社で盛大に行われる日置市主催の妙円寺詣りには県内外に疑問を持つものも多い。しかし未だに、鹿児島本線伊集院駅の案内や地図には、この禅寺の所在すら記されていない。
鹿児島市の珍スポットとして知られる「谷山大観音」は現在この妙円寺が管理している。
関連項目
福昌寺 (鹿児島市)
大内義弘
島津義弘
しんこ団子
関ヶ原の戦い
徳重神社
廃仏毀釈
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外部リンク
⇒妙円寺公式ホームページ
⇒史跡マップ-日置市伊集院町
⇒妙円寺武霊廟
⇒妙円寺の紹介
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更新日時:2008年8月19日(火)16:08
取得日時:2008/09/22 15:23