奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体すなわち所有物とされる者を言う。またはその階層や階級。奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。
目次
1 概説
1.1 古代
1.2 近世・近代
1.3 現在
2 欧米の奴隷制
3 イスラムの奴隷制
4 アジアの奴隷制
4.1 日本の奴隷制
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
//
風土・慣習・伝統の違いによる地域差はあるものの、有史以来、人が人を所有するという奴隷制度は世界中どこにでも見られた。古代のある時期、奴隷が社会の主な労働力となっている体制を奴隷制と呼ぶ。この奴隷制は、唯物史観の発展段階論に於いて、原始共産制以降から発展し封建制へと繋がる段階とされる。奴隷は、農業・荷役・家事などの重労働に従事することが多かった。
古代日本では生口と呼ばれる人々が事実上奴隷として国家間交渉の際の朝貢物のひとつして献上されていた。
農業革命が達成された西洋諸国に於いては、土地の囲い込みによる農民(階級であり移動に制限があったため現在の観点では広義の農奴)の小作農化(賃労働化)が進んだ。続く、工業化による産業構造の変化から都市部の工場などでの労働力不足を補うため、農民の工員化が望まれた。天賦人権説を利用・流布することで、各国の中でその国の国民については階級制度が廃止され、農奴の解放が行われた。しかし、国外については、商品購買層ではない人々(他人種)に対し奴隷貿易が続けられた。ただし、新大陸においては、移民の賃金労働者が奴隷よりも安価な労働力となり、労働力不足も発生していたため、奴隷解放をして安価な賃金労働者に再編された。
1949年に発効した国際連合の人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約などそれに準じる各国の法規によって奴隷制度やトラフィッキングは現在は禁止されている。しかし、工業化の進んでいない発展途上国では、商品経済に飲み込まれながらもその対価が払えない貧困層が絶えず生まれ続け、それを供給源とする奴隷売買が公然と行われている地域がある。また、先進国・発展途上国の別によらず、暴力等によって拘束して売買し、性産業に従事させる犯罪が後を絶たず、非合法の奴隷とみなされる。
世界には今でも2700万人もの奴隷がいると言われている[要出典]。
欧米の奴隷制古代エジプトのファラオの奴隷グスタフ・ブーランジェの描いた奴隷市場
中世ヨーロッパでは羊毛、皮革、毛皮、蜜蝋程度しか、オリエントに対して輸出できるものがなかったため、何世紀にもわたりヨーロッパ人の奴隷はヨーロッパのアジアへの主要な輸出商品の一つであった。キリスト教徒による大規模な奴隷狩りで捕らえられたスラブ人(「奴隷(スレイブ)」の語源)が、ジェノバの商人たちの手で黒海貿易により輸出されていた。ヴェネツィア(ギリシャ南部より人々をさらってきた)、フィレンツェ、トスカーナ地方の富の蓄積は奴隷売買によるところが大きかった[1]。また、当時のヨーロッパには農奴と呼ばれる奴隷身分の農民がいた。
15世紀から19世紀にかけて、アフリカ諸地域から輸出された黒人奴隷(奴隷貿易)は、主に南北アメリカ大陸で、プランテーション農業などの経済活動に、無償で従事させられた。アメリカ合衆国では、南北戦争の時代にリンカーン大統領(→奴隷解放宣言)によって、奴隷制度が廃止されたが、大半の黒人は1971年まで、「選挙権はあるが投票権がない」状態だったなど、政治的な権利の制限は長く続いた(公民権運動、外部リンク参照)。ただし、これは黒人解放運動の指導者達が、摩擦を招きやすい政治的要求は避け、まずは教育の機会確保と経済的地位を確保することを優先する方針だったためでもある。19世紀における奴隷解放運動の活動家にはフレデリック・ダグラスなどがいた。
詳細はイスラームと奴隷制を参照