失脚はある人物が権力構造から他の圧力により離脱させられる行為。主に政治用語として使われる。失脚する人物は主に独裁者が多い。君主は廃位と称される。通常一度失脚した人物が再び中央政界に復帰することは稀で、さらに複数回失脚するのはさらに稀である。これは権力を一度放棄することでそれまでその人物が持っていた人脈や、情報ルートが一度に喪失されるためである。また、失脚した後、新政権や反対者によって殺害されるケースも少なくない。その次に多いのが幽閉や軟禁である。こちらは権力構成ルートが強固で、権力再掌握の恐れのある人物に対して行われる。
失脚した人物
ヨーロッパ
ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前44年、共和政ローマ)
グレゴリウス7世(1080年、ローマ・カトリック教会)
ハインリヒ4世(1105年、神聖ローマ帝国)
ピョートル3世(1762年、帝政ロシア)
マクシミリアン・ロベスピエール(1794年、フランス)
ナポレオン1世(1814年、フランス)
クレメンス・メッテルニヒ(1848年、オーストリア帝国)
ナポレオン3世(1870年、フランス)
ジョルジュ・ブーランジェ(1889年、フランス)
オットー・フォン・ビスマルク(1890年、帝政ドイツ)
セルゲイ・ウィッテ(1903年、帝政ロシア)
ニコライ2世(1917年、帝政ロシア)
レフ・トロツキー(1925年、ソヴィエト連邦)
ベニート・ムッソリーニ(1943年、イタリア)
ニキータ・フルシチョフ(1964年、ソヴィエト連邦)
アントニオ・サラザール(1970年、ポルトガル)
エーリッヒ・ホーネッカー(1989年、ドイツ民主共和国)
ニコラエ・チャウシェスク(1989年、ルーマニア)
ミハイル・ゴルバチョフ(1991年、ソヴィエト連邦)
ソロボダン・ミロシェビッチ(2000年、ユーゴスラビア)
アジア
何進(189年、後漢)
董卓(192年、後漢)
菅原道真(901年、日本)
王安石(1076年、北宋)
岳飛(1141年、南宋)
源義仲(1184年、日本)
梶原景時(1200年、日本)
衛紹王(1213年、金)
和田義盛(1213年、日本)
安達泰盛(1285年、日本)
徳川慶喜(1867年、日本)
康有為(1898年、清)
宣統帝・愛新覚羅溥儀(1911年、清)(1945年、満州国)
東條英機(1944年、日本)
ゴ・ディン・ジエム(1963年、ベトナム共和国)
スカルノ(1965年、インドネシア)