イギリス帝国(イギリスていこく、the British Empire)はイギリスとその植民地・海外領土などの総称である。大英帝国ともいう。
帝国は時代ごとの性質により、以下のように区分できる。
アイルランドや北アメリカ大陸に入植し、北米植民地およびカリブ海植民地との貿易を中心にした時代
アメリカ独立からアジアに転じて最盛期を築いた19世紀中葉までの自由貿易時代
自由貿易を維持しつつもドイツなど後発工業国の追い上げを受け植民地拡大を行った帝国主義時代
20世紀に入って各植民地が独自の外交権限をえたウェストミンスター憲章以後の時代
である。一般に大英帝国とよばれるのは、特に3と4の時代である(名称については後段の名称を参照のこと)。
目次
1 概要
2 名称
3 過程
3.1 植民地以前・「帝国」の伝統
3.2 北米・カリブ海植民地進出期
3.3 アジア進出期
3.4 帝国主義期
3.5 ウェストミンスター憲章以降・衰退期
4 関連項目
5 外部リンク
6 脚註
7 典拠
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"empire"あるいは"imperial"という言葉はさらに古くから使われてきたが、一般にイギリス帝国という場合、始まりは16世紀あるいは17世紀とされる。その正否は問わないこととしても、海外への拡張という事実のみに着目すると、1585年のロアノーク島への植民が、また、実際に成功し、後世への連続性をもつという点からすると1607年のジェームズタウン建設が、それぞれイギリス帝国の開始点となる。ただ、いずれにせよイギリス帝国が帝国としての実体を備えるには北米植民地とカリブ海植民地の設立が一段落する17世紀半ばを待たねばならず、イギリス帝国が「イングランドの帝国」でなくなるには1707年の合同を待たねばならない。
17世紀から18世紀にかけての帝国はイギリス第一帝国あるいは旧帝国とも呼ばれ、19世紀以降の帝国、特に19世紀中葉以降に完成するイギリス第二帝国と比べると、アメリカおよびカリブ海植民地中心、重商主義政策による保護貿易、およびプロテスタンティズムによる紐帯の3点を特徴としている。航海法や特許会社の独占など、重商主義的政策による保護貿易は、いまだ脆弱なイギリス経済と植民地経済をよく守り、そして結びつけた。また、名誉革命以降のイギリスは国内外のカトリック勢力を潜在敵と見なしており、当時の帝国はフランス、スペインといったカトリックの大国を向こうにまわした「プロテスタントの帝国」と考えられていた。
その後、アメリカ独立戦争を経てイギリス帝国はインドへと重心を移し始める。また1760年代より進行した産業革命により、イギリス経済は次第に保護を必要としなくなり、自由貿易へと方向転換していった。19世紀前半のイギリス帝国は自由貿易さえ保証されれば、植民地獲得を必ずしも必要とはせず、経済的従属下に置くものの必ずしも政治的支配をおこなわない非公式帝国を拡大していった。この時期のイギリス帝国の方針は自由貿易帝国主義と呼ばれる。
19世紀半ばになるとドイツ、アメリカといった後発工業国の経済的追い上げを受け、またフランスやドイツの勢力伸張もあり、イギリスは再度、植民地獲得を伴う公式帝国の拡大を本格化した。インド帝国の成立を以て完成する新帝国はイギリス第二帝国とも呼ばれる。帝国主義の時代とも言われるこの時期ではあるが、イギリスは自由貿易の方針を堅持していた。ドイツなどの保護関税政策に対し、イギリスにも同様の政策が求められなかった訳ではない。19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリス帝国内での特恵的関税の導入を求める運動がイギリス産業界から起こされ、1887年に始まる植民地代表を集めた帝国会議でも度々議題にあがったが、結局、この種の保護政策は第二次世界大戦前のブロック経済の時期まで導入されることはなかった。
第一次世界大戦はイギリス帝国再々編の転機となった。大戦前より、各植民地、特に白人自治植民地の経済力は向上し、発言権も増していたが、大戦中の総力戦体制は植民地からの一層の協力を必要とするとともに、その影響力をより大きなものとした。1926年の帝国会議では自治植民地に本国と対等の地位が認められ、1931年のウェストミンスター憲章に盛り込まれた。これ以降、イギリス帝国は「イギリス連邦」の名で呼ばれることが多くなるが、「帝国会議」の名称はそのままであった。その後、この名称は第二次世界大戦後まで続き、1947年に「イギリス連邦会議」へと変更される。また、インド独立を期に、イギリス連邦加盟国家に「王冠への忠誠」が要求されなくなるなど、第二次大戦後まもなく、イギリス帝国は名実ともにイギリス連邦へと姿を変えた。
日本では永らく「大英帝国」の語が使われてきたが、現在、歴史学で多く用いられるのは「イギリス帝国」という表現である。 他にも、「イギリス」という曖昧な表現を避け、より原語に忠実な「ブリテン帝国」も使われ始めている。また単に「帝国」とも呼ばれる場合もある。「大英帝国」という語も書籍の標題などでは従来と変わらずに使われるが、本文中では基本的に常に鉤括弧を付けて「大英帝国」と表記される[1]。