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参議院議員 大江 康弘
生年月日1953年12月4日(54歳)
出生地和歌山県西牟婁郡白浜町
出身校芦屋大学教育学部卒業
学位・資格教育学士(芦屋大学)
前職和歌山県議会議員
所属委員会
内閣役職参・国土交通委員長
世襲世襲ではない
父・大江敏一(和歌山県議会議員)
選出選挙区比例区
当選回数2回
所属党派改革クラブ
党役職総務会長
国会対策委員長
会館部屋番号参・議員会館511号室
⇒参議院議員 大江康弘
大江 康弘(おおえ やすひろ、1953年12月4日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)。
和歌山県議会議員(6期)を歴任。国土審議会委員
目次
1 概要
2 議員連盟
3 関連項目
4 参照
5 外部リンク
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概要
和歌山県西牟婁郡白浜町出身。
和歌山県立田辺高等学校、芦屋大学教育学部卒業後、玉置和郎の秘書を務める。
1979年 - 和歌山県議会議員初当選、県議会議員を5期勤める
1992年 - 和歌山県議会副議長就任
2000年 - 和歌山県知事選挙に出馬するも敗北。
2001年 - 第19回参院選で自由党から比例当選。
2007年 - 第21回参院選で民主党から比例当選。
2008年 - 改革クラブを結成
日華議員懇談会副幹事長や日本・台湾安保経済研究会事務局長、日華親善協会の理事を務めるなど親台湾派の国会議員の一人。2006年3月19日には訪台し、陳水扁総統を表敬訪問。また民主進歩党主催の「反国家分裂法と台湾海峡危機10周年セミナー」に参加、中国(中華人民共和国)と韓国(大韓民国)を反日国と批判、民主党に籍を置く議員の中では保守派に属すると評される。
慰安婦問題に関して、当時の日本政府・軍による強制はなかったとしてアメリカ合衆国下院121号決議に反対している[1]。映画「南京の真実」の賛同者。
自由党から民主党に移った後は、渡辺秀央とともに民社協会に所属 ⇒[1] ⇒[2]。2006年9月14日の東京都文京区で行われた講演では大江は「民主党はバラバラでまとまりがなく、チャンスが到来してもそれを生かすどころか自らピンチへと変える。」と民主党の手法を批判。さらには民主党議員でありながら「民主党には政権を任せられない、この党が政権をとったら一週間で日本は終わりである」と民主党の政権担当能力に否定的見解を述べた。最後には「本当は私も民主党を辞めたいんですよ!」と民主党離党すら示唆する言動までしている ⇒[3]。
2008年1月11日、臨時国会の参議院本会議で、政府提出の新テロ対策特別措置法案採決を欠席し、民主党提出の対案の採決の際には議場に戻って賛成した。
また、道路特定財源の暫定税率廃止に反対し、2008年1月23日、都道府県議会議員が主催する道路特定財源堅持集会に参加するなどしたため、民主党執行部から辞職勧告を受けたが、この処分を不服として、弁護士を通じ内容証明郵便を党本部に送った上で「比例代表選出の議員には、自分の意思や政治家としての独立性はないのか。(党方針に)反対するなら議席を返上せよなんて、いまだかつて聞いたことがない」と述べた[2]。また、2008年3月に任期を迎えた日本銀行総裁の次期総裁人事においても政府案に賛成、4月の日銀副総裁人事でもかねてより親自民党の立場を鮮明としている渡辺秀央と共に、民主党党方針(反対)に反して政府案に賛成。6月11日に民主党が提出した首相問責決議には「体調不良」を理由に欠席。
2008年8月28日、渡辺秀央と共に民主党を離党し、新党・改革クラブ結成に参加。9月22日、民主党から除名処分を受けた。
議員連盟
日華議員懇談会
日本会議議員懇談会
憲法調査推進議員連盟
島嶼議員連盟
自然体験活動推進議員連盟
発達障害の支援を考える議員連盟
慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会
人権擁護法案から人権を守る会
関連項目
民主党国会議員一覧