大島郡(おおしまぐん)は、鹿児島県の郡。人口73,780人、面積934.08km2、人口密度79人/km2。(2008年8月1日、推計人口)
現在は、奄美諸島のみで構成。過去には、三島村と、トカラ列島(十島村)を含んでいた。
以下の9町・2村を含む。
喜界島
喜界町(きかいちょう)
奄美大島
龍郷町(たつごうちょう)、大和村(やまとそん)、宇検村(うけんそん)
奄美大島南部・加計呂麻島・請島・与路島
瀬戸内町(せとうちちょう)
徳之島
天城町(あまぎちょう)、徳之島町(とくのしまちょう)、伊仙町(いせんちょう)
沖永良部島
知名町(ちなちょう)、和泊町(わどまりちょう)
与論島
与論町(よろんちょう)
沿革
1908年4月1日 - 島嶼町村制制の施行に伴い、大島郡に16村が成立する。(16村)
大隅諸島の一部・トカラ列島
十島村(じっとうそん)
喜界島
喜界村(きかいそん)
奄美大島
笠利村(かさりそん)、龍郷村(たつごうそん)、名瀬村(なぜそん)、大和村(やまとそん)、住用村(すみようそん)、焼内村(やきうちそん)、東方村(ひがしかたそん)
加計呂麻島・請島・与路島
鎮西村(ちんぜいそん)
徳之島
天城村(あまぎそん)、亀津村(かめつそん)、島尻村(しまじりそん)
沖永良部島
知名村(ちなそん)、和泊村(わどまりそん)
与論島
与論村(よろんそん)
1916年5月20日(19村)
焼内村から西方村(にしかたそん)が分立。
鎮西村から実久村(さねくそん)が分立。
天城村から東天城村(ひがしあまぎそん)が分立。
1917年11月1日 - 焼内村が宇検村(うけんそん)に改称。
1919年4月 - 喜界村から早町村(そうまちそん)が分立。(20村)
1921年6月29日 - 島尻村が伊仙村(いせんそん)に改称。
1922年10月1日(1町20村)
名瀬村から金久・伊津部地区が分立、町制施行し名瀬町となる。
名瀬村から上方・古見方・下方地区が分立、三方村(みかたそん)となる。
1936年4月1日 - 東方村が町制施行・改称し古仁屋町(こにやちょう)となる。(2町19村)
1941年5月1日 - 和泊村が町制施行し和泊町となる。(3町18村)
1941年10月1日 - 喜界村が町制施行し喜界町となる。(4町17村)
1942年1月1日 - 亀津村が町制施行し亀津町となる。(5町16村)
1946年2月28日 - 十島村上三島を除く郡全域が米軍の統治下となる。十島村上三島、鹿児島市に仮十島村役場設置。
1946年7月1日 - 名瀬町が市制施行し、名瀬市となり郡より離脱。(4町16村)
1946年9月1日 - 知名村が町制施行し知名町となる。(5町15村)
1952年2月4日 - 十島村下七島の施政権が日本に復帰。
1952年2月10日 - 十島村(じっとうそん)二村に正式に分離、上三島三島村(みしまむら)と下七島十島村(としまむら)に分離。(5町16村)
1953年12月25日 - 郡全域の施政権が日本に復帰。
1955年2月1日 - 三方村が名瀬市に編入。(5町15村)
1956年9月1日 - 古仁屋町・鎮西村・実久村・西方村が合併し、瀬戸内町(せとうちちょう)が発足。(5町12村)
1956年9月10日 - 喜界町・早町村が合併し、喜界町が発足。(5町11村)
1958年4月1日 - 亀津町・東天城村が合併し、徳之島町(とくのしまちょう)が発足。(5町10村)
1961年1月1日(7町8村)
笠利村が町制施行し笠利町となる。
天城村が町制施行し天城町となる。
1962年1月1日 - 伊仙村が町制施行し伊仙町となる。(8町7村)
1963年1月1日 - 与論村が町制施行し与論町となる。(9町6村)
1973年4月1日 - 三島村・十島村が鹿児島郡へ移行。(9町4村)
1975年2月10日 - 龍郷村が町制施行し龍郷町となる。(10町3村)
2006年3月20日 - 笠利町・住用村が名瀬市と合併し、奄美市が発足、郡より離脱。(9町2村)
島名明治41年以前明治41年4月1日明治41年-大正15年昭和1年-昭和20年昭和21年-昭和29年昭和30年-昭和39年昭和40年-昭和63年平成1年-現在現在
大隅諸島の一部
トカラ列島十島村4月1日
十島村十島村十島村昭和27年2月10日
三島村三島村昭和48年4月1日
鹿児島郡
三島村鹿児島郡
三島村鹿児島郡
三島村
昭和27年2月10日
十島村十島村昭和48年4月1日
鹿児島郡
十島村鹿児島郡
十島村鹿児島郡
十島村
喜界島湾村
早町村4月1日
喜界村大正8年4月
喜界村昭和16年10月1日
町制喜界町昭和31年9月10日
喜界町喜界町喜界町喜界町