大和田 建樹(おおわだ たけき、1857年 - 1910年)とは、日本の詩人・作詞家・古文学者・東京高等師範学校(現・筑波大学)教授。
『鉄道唱歌』・『故郷の空』・『青葉の笛』などの歌を作詞した人として知られている。
目次
1 経歴
2 主な作品
2.1 唱歌
2.2 軍歌
2.3 その他
3 エピソード
4 記念碑その他
5 参考文献
6 外部リンク
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経歴
1857年(安政4年)4月29日 愛媛県宇和島市の藩士の家に生まれる。
1866年(慶応3年) 藩校の明倫館に入学。
1869年(明治2年) 明倫館の上級校である培寮に入学。
1872年(明治5年) 学制制定に伴い、宇和島県学校青年塾の教師門司小助業に就く。
1876年(明治9年) 広島外国語学校に入学。
1879年(明治12年) 学校を退学し、上京。
1880年(明治13年) 交詢社の書記となる。
1881年(明治14年) 東京大学の書記として博物館づとめになる。
1884年(明治17年) 東京大学古典講習課講師となる。
1886年(明治19年) 東京高等師範学校教授となる。
1891年(明治24年) 教職を辞し、文筆家となる。
1900年(明治33年) 『鉄道唱歌』全5部作発表。
1909年(明治42年) 秋、脊椎炎にかかり下半身不随となる。
1910年(明治43年) 3月、「海軍軍歌」の制作を海軍教育本部より嘱託され、9月に8曲分書き上げるも体調を崩し、10月1日永眠。享年54。
唱歌
「鉄道唱歌」(曲:多梅稚他)
「散歩唱歌」(曲:多梅稚)
「菅公」(曲:多梅稚)
「舟あそび」(曲:奥好義)
「故郷の空」(曲:スコットランド民謡)
「青葉の笛」(曲:田村虎蔵)
「暁起」(曲:田中銀之助)
「あわれ少女」(曲:フォスター)
「四条畷」
「夢の外」
軍歌
「日本陸軍」(曲:"開成館"深澤登代吉)
「日本海軍」(曲:小山作之助)
「黄海海戦」(「海軍軍歌」収録。曲:瀬戸口藤吉)
「威海衛襲撃」(同上)
「閉塞隊」(同上)
「日本海海戦」(同上)
「日本海夜戦」(同上)
「第六潜水艇の遭難」(同上)
「国旗軍艦旗」(同上)
「艦船勤務」(同上)
上記のほかに、「海軍軍歌」に収められている「楠公父子」も大和田の作詞(作曲:瀬戸口藤吉)という説があるが、それを裏付ける資料はない。
その他
「雲井の曲」(曲:宮城道雄)
また、札幌農学校(現北海道大学)校歌である「永遠の幸」(有島武郎作歌)の校閲も行っている。
エピソード
建樹は速筆として知られ、国文学・随筆・紀行文・詩歌において多くの作品を残した。その総数は、97種150冊といわれている。また、門人も500人を有していた。
鐵道唱歌は企画者である市田元蔵に伴い実際に取材旅行を行い作られた作品であり、その様子は「車窓日記」として残されている。
記念碑その他
宇和島駅前には、大和田建樹の生誕地であることを記念し、『鉄道唱歌』の碑がたっている。
明倫館の後身といえる明倫小学校には、建樹の自筆額がある。
参考文献
谷村政次郎『行進曲「軍艦」百年の航跡』大村書店、2000年、ISBN 4-7563-3012-6
この「大和田建樹」は、人物に関する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正
外部リンク
⇒大和田 建樹:作家別作品リスト(青空文庫)