大公(たいこう)は、称号の1つ。ヨーロッパの称号のうち公と訳されるものよりさらに上の称号を訳すのに使われる。大公と訳される称号には、grand duke などいくつかある(以下、原義を示すのに便宜上英語を主に用いる)。
目次
1 grand duke
2 великий князь
3 Erzherzog
4 prince
5 duc; Herzog
6 備考
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⇒grand duke は、王(king)の下、公(duke)の上に位置する。王族の王以外のものや、分家の長が称することが多い。grand duke が元首となる国は大公国(grand duchy)。
歴史上の grand duke には、以下の例が挙げられる。
トスカーナ大公
バーデン大公
リトアニア大公
ルクセンブルク大公
このうち現存するものは、ルクセンブルク大公国のルクセンブルク大公のみである。
grand duke への敬称は殿下である。
モスクワ大公などの称号である。もとはキエフ大公にのみ用いられた。諸公(князь)の上に立つ者という位置づけである。
князь(クニャージ)は日本語では「公」、英語ではprinceと訳されているが、本来はむしろ「王」に相当するものであった。キエフ・ルーシ時代には、すべての公の上に立つキエフ大公により派遣される一族によって各公国は治められていた。その後、ロシア帝国時代にはツァーリ・皇帝の下に置かれる爵位のひとつとして「大公」の称号が用いられた。従って、これはキエフ・ルーシ時代のものとはまったく性格の異なるものであるといえる。
英語では grand princeが直訳であるが, grand duke と訳すことが多い。
なお、「大公国」という名称は必ずしも正式のものではない。
キエフ大公
ウラジーミル大公
モスクワ大公
⇒Erzherzog(英語: ⇒archduke)は、オーストリアのハプスブルク家の成員が使う称号である。オーストリア大公はErzherzogである。オーストリア公ルドルフ4世が自称したことに始まり、この称号はドイツ諸侯の中でも神聖ローマ帝国皇帝であるハプスブルク家の成員しか使用できないものとされていた。現在(2007年)のハプスブルク家当主オットー・フォン・ハプスブルクも Erzherzog である。英語ではarchdukeという。
モナコ公国、リヒテンシュタイン公国などのプリンス( ⇒prince)は、直訳すれば公だが、独立君主の性格を失った貴族の爵位としてのプリンスと区別するために、大公と訳されることもある。また英国では prince は duke よりも上位であり、prince は独立国の君主でなければ王族にしか与えられない爵位であり、その意味で公爵(duke)よりも上位という意味で、大公と訳される。逆にドイツでは prince (Furst) はduke (Herzog) の下位にあるので「侯」とも訳される事もあり、日本語訳の際の混乱の元となっている。
中世初期のドイツとフランスにおけるdukeに「大公」という訳を当てることもある。この時代の duke が後世と違い、主として各部族の長という意味合いを持っていたことによる(部族大公制)。
しかし、権力のあり方としてはともかく、称号としては後の「公」と繋がる場合も多い。例えばバイエルン大公はそのまま後のバイエルン公であり、ロートリンゲン大公は後のロレーヌ公である。しかし、バイエルン大公はバイエルン人の部族長、ロートリンゲン大公はロートリンゲン地方のフランク人の部族長という意味合いがあるのに対し、バイエルン公、ロレーヌ公はそれぞれバイエルン公国、ロレーヌ公国の領主でしかなく、公国外には何ら権力を持たないという違いがある。
欧米ではこのような名称による区別を行ってはおらず、日本でも「公」を使うか「大公」を使うかは研究者によって違っており、統一されていない。この意味で用いられる「大公」については公を参照のこと。
その他、「偉大な公」の意味で「大公」を用いることがある(ユーグ大公、シュテファン大公など)。などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。
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更新日時:2008年10月3日(金)20:11
取得日時:2008/10/07 05:34