大住郡(おおすみぐん)は相模国にかつて存在した郡である。郡衙は平塚市四之宮付近であるという。
沿革
明治11年(1878年) 郡区町村編制法により行政区画としての大住郡が設置される。郡役所は「淘綾大住郡役所」として淘綾郡大磯町に置かれ、淘綾郡とともに管轄した。
明治22年(1889)4月1日の町村制施行の時点で4町20村を数えた。現在の行政区画では概ね平塚市の大部分、伊勢原市、秦野市の大部分、厚木市の一部の区域に相当する。
平塚町・須馬村・大野村・神田村・城島村・豊田村・金田村・小中村・土沢村・金目村 (平塚市)
岡崎村 (平塚市及び伊勢原市)
伊勢原町・大山町・高部屋村・比々多村・成瀬村・大田村 (伊勢原市)
大根村 (平塚市及び秦野市)
秦野町・東秦野村・西秦野村・南秦野村・北秦野村 (秦野市)
相川村 (厚木市)
明治29年(1896)3月26日 淘綾郡と合併して中郡となる。
関連項目
消滅した郡の一覧
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カテゴリ: 神奈川県の郡 (消滅) | 相模国 | 日本の地理関連のスタブ項目
更新日時:2008年4月8日(火)10:27
取得日時:2008/09/14 22:09