大下 容子(おおした・ようこ、1970年5月16日 - )は、テレビ朝日のアナウンサー。血液型A型。
目次
1 人物・経歴
2 エピソード
3 現在の出演番組
4 過去の出演番組
5 同期入社
6 関連項目
7 外部リンク
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広島県広島市南区出身。広島大学附属高校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、1993年入社。初めてのレギュラー番組は『Jリーグ A GOGO!!』。
1998年10月から『ワイド!スクランブル』の司会を務め、大和田獏とともにお昼の顔となる。また2002年1月からは、SMAPの香取慎吾司会の『SmaSTATION』で、前年末に諸事情により降板した小宮悦子の後任としてパートナーを務める。週6日生番組出演という民放キー局アナウンサーでは異例のハードスケジュール(しかも夏休みを取ってもスマステまでは休めない)となったが、それに音を上げることなく、現在に至っている。
土曜日は年末年始以外だと7月の「全英オープンゴルフ」中継によるスマステ休止時に休めると思われる。実際、2007年は『ワイスク』を含めた夏休みもその週に合わせて取得している。
神楽坂女声合唱団とスター混声合唱団のメンバーでもある。
現在のアナウンス部での役職は課長である。
大の尾崎豊ファンでもある。
実家は、セレッソ大阪の森島寛晃やサッカー解説者の木村和司の実家と近所。
野球解説者の大下剛史の娘と一部ネットで言われた事があるが、これはデマである(本人もプロフィールページにて否定している ⇒[1]。なお、親戚関係については不明)。
情報番組で高価なワインを紹介した際、「もったいないから」と一気飲み。その後、顔は真っ赤になりろれつが回らなくなっていた。
深夜番組でラッパーに挑戦していたことがある。
「ステーションEYE」のスポーツ担当だった頃、世田谷の三十数件連続放火魔逮捕のニュースで、蟹瀬誠一・岡田洋子両キャスターとともに出演。大下自身もこの事件の被害者で、ある日の23時過ぎに大下の住むアパートも火事になり、入浴中だった彼女は、玄関ドアをたたく「火事だ!」の声に服を着るのがやっとで命からがら避難したらしい。翌日、鎮火後にアパートに戻ってみたら、大下の部屋も含め全焼。当時の状況を番組内で自身の感情をこめずに淡々と語っていた。
1994年秋、柏レイソルが勝てばJリーグ昇格となるJFL最終戦、『Jリーグ A GOGO!!』の取材でレイソルサポーターの長い1日を追うレポートに行った大下は、自分もレイソルのユニフォームを着てこの試合を応援。が、1-0勝利でJリーグ昇格を決めた瞬間、取材を忘れサポーターより興奮してしまい、その姿が「柏レイソルJリーグ昇格」の見出しとともに各一般紙一面に掲載されてしまった。まだ顔が売れておらず、最前列にいた大下は熱狂的女性サポと勘違いされたのである。(当時これは番組内でも話題になり、しばらく番組内でもネタになっていたほか、レイソルサポーターの間でも有名になった)
番組後、両脇にレオナルド、ジョルジーニョ両選手のスナップが撮れたことを非常に喜んでいた。
2003年、『SmaSTATION』の広島からの中継の際、実兄(医者)が出演。香取慎吾と英語対決をした。
現在の出演番組
ワイド!スクランブル司会(1998年10月〜現在)
SmaSTATION司会(2002年1月〜現在)
賢コツ!!司会
過去の出演番組
「Jリーグ A GOGO!!」レポーター(1994年4月〜1996年9月)
「ステーションEYE」キャスター(1996年10月〜1997年3月)
「SPORTS SPOTTERS」キャスター(1997年4月〜1998年3月)
「ゲットスポーツ」キャスター(1998年4月〜1998年10月)
「スーパーJチャンネル」ニュース担当(1998年4月〜1998年10月)
「やじうま6」
「峰竜太の元気一番」
「気分はOn」
「金曜日のバラ」
「TVぶらんち」
「TRICK2」『サイ・トレイラー』 本人役
「東京サイト」ナレーション(2001年4月〜2002年10月頃)
同期入社
坪井直樹(大学の同級生)
角澤照治(同上)
丸川珠代(退職→現・自民党参議院議員)
関連項目
テレビ朝日
日本のアナウンサー一覧
広島県出身の人物一覧
外部リンク
⇒大下容子プロフィール