墨(すみ)は、油煙や松煙などから採取した煤を膠で練り固めたもの(固形墨)、またこれを水とともに硯で磨りおろしてつくった黒色の液体をいい、書画に用いる。
液体の墨はアモルファス炭素の分散したコロイド溶液であり、この状態で市販されているものを墨液または墨汁(ぼくじゅう)と呼ぶ。ただし墨液には化学的に合成された物質が原料として使われている場合が多い。
目次
1 歴史
2 墨の特質
3 墨の種類
3.1 松煙墨(青墨)
3.2 油煙墨
4 膠について
5 工芸品としての墨
6 墨液
6.1 防腐剤について
7 磨墨について
8 特記事項
9 関連項目
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古代中国の甲骨文に墨書や朱墨のあとが発見されており、殷の時代に発達した甲骨文字とときを同じくして使用されたと考えられる。文字以外には文身にも使用され、これはのちに刑罰の一方法となった。墨は漢代には丸めた形に作られ、墨丸という。
現存する日本最古の墨書は、三重県嬉野町(現在は松阪市)貝蔵遺跡で出土した2世紀末の土器に記されていた「田」という文字であるとされている。
日本では、『日本書紀』に中国の墨について記されているのが初出である。国内で作られたものとしては、奈良時代の後期、奈良和束の松煙墨が初めてとされる。油煙墨の製造が始まったのは鎌倉時代である。江戸時代に入ると各地で製造されるようになったが、古くから実績のある奈良に職人が集まり、伝統産業として今日まで受け継がれている。現在では奈良県と三重県が主要産地である。
製造後間もない固形墨は、水分の含有量が多く、膠の成分が強く出るために粘度が強く、紙に書いた場合、芯(筆で書かれた部分)と滲みの区別がわかりにくい。年月が経って乾燥した墨は、膠の分解もすすむためにのびが良く、墨色に立体感が出て、筆の運びにしたがって芯や滲みなど墨色の変化が美しく出るとされる。こうした墨は、「古墨」と呼んで珍重される。墨が緻密に作られていれば、それだけ乾燥するまで長い年月がかかる。
固形墨は主な原料である煤の違いによって、松煙墨と油煙墨に分かれる。朱墨、青墨、紫墨、茶墨などの表現があるが、朱墨以外は基本的に黒色で、色調の傾向を示す言葉である。朱墨の原料は、鉱産物として天然に採掘される辰砂である。
松煙は燃焼温度にむらがあり、粒子の大きさが均一でないことから、重厚な黒味から青灰色に至るまで墨色に幅がある。青みがかった色のものは青墨(せいぼく)と呼ばれる。製法は、松の木片を燃焼させて煤を採取する。青墨には、煤自体が青く発色するもの以外に、藍などで着色するものもある。
油煙は、煤の粒子が細かく均一で、黒色に光沢と深味がある。製法は土器に、油を入れ灯芯をともし、土器の蓋についた煤を集めて作る。油は、菜種が最適とされるが、他にゴマ油や大豆油、ツバキ、キリなどがある。
墨の製造で使われる膠には、動物の骨や皮、腱などから抽出したコラーゲン(動物性蛋白質)が用いられる。高級なものでは鹿、通常は牛や豚、羊、ウサギなど、安価なものでは魚などが使われ、魚の膠を使ったものは独特な臭いが出る。それを補うものとして、化学的に合成された樹脂(接着剤と同様な成分)が用いられることもある。
固形墨においても墨液においても、年月が経てば膠の成分が変質して弱くなる。これを「膠が枯れる」という。作った当初は膠が強くて粘りがあり、紙に書いた場合、芯(筆で書かれた部分)と滲みの差が小さいが、年月を経ると膠が枯れ、滲みも増えて墨色の表現の自由度が広がる。水分が多いと書いた線の部分から滲みが大きく広がる。この状態を「墨が散る」という。長い年月を経て膠の枯れた固形墨を「古墨」といい、伸びやかな線質や立体感、無限な色の表現が可能になるため、特に淡墨の作品では不可欠であり、高値で取引される。
膠は動物性蛋白質であるため低温下では粘性が増しゲル化・ゼリー状になり、書作に適さなくなる。そのため墨は一定以上の気温下で使用しなければならない。
墨を練る技術以外に、墨の形が重要となる。墨型彫刻師が木型を製作し、多様な形態がある。
液体で市販されている墨を墨液または墨汁と呼ぶが、墨液には天然由来の煤ではなく工業的に作られたカーボン(炭素)を使っているものがある。このカーボンは、コピー機などで使われるトナーとほとんど同じ成分である。また膠の代わりに接着剤のような化学的に合成された樹脂を使っているものがある。